今日、日本の乳牛が1頭あたり何キロの乳を出すか、ご存知でしょうか?
2018年の1頭あたり年間乳量は8,636kg(農林水産省牛乳乳製品統計調査参照)
この数字が多いのか少ないのか、ピンとこない人もいると思いますが、比較してみるとわかります。
肉用に飼育される牛の年間乳量が1000kg*1ほど。そして産まれた子牛が年間に必要な乳量も1000kgほどです。
つまり、人間の消費に回すために、乳牛は本来の量の何倍もの乳を出しているということになります。
乳牛といいますが、乳牛と言う種類の牛はいません。人間と同じで出産しないと乳はでません。たくさん乳が出るように「品種改良」した牛に人工授精し、出産させ、乳を飲ませないよう産まれてすぐに子供を引き離し、人の消費のために乳を搾り、人間がそれを「乳牛」と呼んでいるだけです。
牛はもともと8,636kgも乳を出しません。グラフを見てもらえばわかりますが、たくさん乳が出るように「品種改良」されてきたのです。
グラフ:農林水産省牛乳乳製品統計調査参照 平成30年牛乳乳製品統計 Ⅰ乳用牛 乳用牛の改良増殖をめぐる情勢の経緯
1960年の乳量は4,121kg。それ以前についてはわかりませんが、現在日本の乳牛の99%を占めるホルスタイン種は、明治時代にアメリカから輸入され、そのアメリカはオランダから輸入しています。家畜化の歴史は古く、ホルスタイン本来の乳量は1960年時点よりもさらにもっと低かっただろうと思われます。
2018年の乳用牛群能力検定成績速報を読むと、北海道には年間22,406kgも出す乳牛もいるそうです。自分の体重の30倍以上もの乳を出さなければならない牛の負担は相当なものだと思います。
牛の乳は、牛の血液からつくられています。
牛乳1パック分のお乳をつくるのに必要な血液は400~500リットル。「品種改良」されてきた乳牛は一日に30リットルくらいの乳を出す事から、単純計算すると、毎日約1万リットル以上もの血液を乳房に送り込んでいることになります*2。数字からだけでも、乳牛がフル稼働させられ、どれだけ酷使されているのかが想像できます。
自然の摂理に反する多量の乳を出すことが、牛になんの影響も及ぼさないわけがありません。
乳業界ではよく知られていることですが、高泌乳の牛ほど病気が多いのです。
原因は、大量の乳を出すことにエネルギーを費やし、代謝機能が阻害されるためです。
高泌乳牛はエネルギー需要が高く、この需要にこたえるために身体の蓄えを動員する必要がある。高泌乳牛は泌乳期の最初の3分の1でエネルギーが不足し、負のエネルギーバランスの状態に入る。その間に体の蓄えが動員され、過剰に体調不良となる*4。
体の機能がうまく働かなくなると、さまざまな病気を引き起こします。
高泌乳牛ではケトーシス,脂肪肝,乳熱などの周産期病(分娩前後の病気)が多発する*6
多くの遺伝学的研究は、乳量と、ケトーシス・跛行・代謝の問題・乳房炎・受胎能力・寿命との間に、好ましくない遺伝的相関を示している*3。
高泌乳群は中、低泌乳群に比べ病傷事故危険率が約20ポイント高く、乳房炎、卵巣疾患、子宮疾患、第4胃変位、胃腸疾患、産褥熱およびケトーシスの危険率が高い傾向にあります*10。
以前、農林水産省の「乳用牛ベストパフォーマンス実現会議」を傍聴したことがありますが、有識者からも、高泌乳の牛が抱える問題についての多くの話が出されました。いわく、
「乳量が高い牛は子牛の生産性が落ちるというデータがたくさんある」
「年々発情の兆候が弱まっているのも、乳量が高くなってることが原因」
「骨粗しょう症も乳量の高さが原因」
「高泌乳牛は分娩後にエネルギー不足になるために急激な濃厚飼料の給餌が必要。しかしそのためルーメンアシドーシス(胃が悪い状態)になる牛もいる」
たくさん乳を出すよう「品種改良」された乳牛は、職業病ともいえる、さまざまな病気に苦しんでいます。高泌乳牛にはエネルギー不足を補うために、カロリーの高い濃厚飼料(トウモロコシや大豆や大麦などを配合した飼料)が多給されます。本来の食べ物である「草」ではなく濃厚飼料が与えられることも病気に拍車をかけます。
乳房炎は、乳頭口から乳房内に侵入した微生物が定着・増殖することで牛の乳房内の組織に炎症を起こさせるものです。高泌乳牛では分娩前後に免疫機能が低下する*6ため、乳房炎のリスクが高まります。
乳房は強い痛みと熱を伴い腫れあがります。症状が重い場合、起立不能、死に至ることもあります。
家畜共済統計によると6か月以上の雌牛のうち、34%が感染し、1%が重症化して淘汰されているそうです*5。さらに乳房炎はつなぎ飼育をすることで増えるという報告もあります。
血液中のケトン体濃度が上がっている病態のことです。
分娩後、大量の泌乳とともにエネルギーが不足します。そうすると体に蓄えられていた脂肪が血流にのって肝臓にいき代謝されますが、高泌乳の牛はエネルギー不足で代謝がうまくいかない場合があります。また高泌乳の牛はエネルギーを補うため濃厚飼料が多給されますが、濃厚飼料で太らされている牛ほど大量の脂肪が肝臓に流れ込むため代謝がうまくいかなくなります。こうして余った脂肪がケトン体にどんどん変わっていき、ケトーシスになります。この余った脂肪が蓄積されると脂肪肝になります*15。
症状は元気喪失・食欲低下・乳量減少、反芻や消化管運動が減少します。急激に痩せるのも、ケトーシスの特徴です。
高泌乳牛の牛ほどエネルギー不足になりやすく、ケトーシスの危険性が高まります*7。
ケトーシスもまた、つなぎ飼育をすることで増えると報告されています。
牛の第四胃内にガスが貯まり、第四胃が左方あるいは右方に移動し、消化障害あるいは閉塞の症状を示す疾病です。胃が移動した後で捻転を起こすこともあります。
分娩ストレス、濃厚飼料多給、代謝障害などさまざまなことが要因として挙げられます。高泌乳化・大規模化がすすめられている近年の酪農において増加傾向にあると言われています*8。
左方変位の場合は食欲不振や下痢、反芻の減退などがみられます。右方変位は捻転を起こしやすく、食欲廃絶、脱水、脈拍の増加、うっ血、浮腫、さらに悪化すると衰弱、起立不能になり、捻転していた部分が壊死し、捻転整復手術時のに破裂、死に至ることもあります。
第四胃変位の発生率は 3~15%に及んでいます*9。
乳牛は、分娩後の泌乳開始によって、多くの血中カルシウムを乳汁中に移動させるため、低カルシウム血症になりやすいと言われています。乳牛の高泌乳化に伴い、乳へのカルシウム排出量が非常に多くなっています*14。低カルシウム血症になった乳牛は、食欲が無くなり、症状が重くなると立てなくなったり心臓の機能障害によって死亡します。5.0mg 以下になると起立不能になると言われています*9
第一胃(ルーメン)内において乳酸が異常に蓄積し、酸性に傾いた状態のことです。
慢性の亜急性ルーメンアシドーシスの場合はルーメン内の異常発酵で発生するヒスタミンやエンドトキシンなどの有害物質により、蹄葉炎(蹄の炎症)を引き起こすことが知られています。急性ルーメンアシドーシスの場合は、食欲の減退や心拍数の増加、下痢が見られます。場合によっては死に至ります。
乳牛は高泌乳化に対応するため多量の濃厚飼料を給与せざるを得ず、第一胃内で発酵し易い濃厚飼料の多給はルーメンアシドーシスの要因となります。
世界中の乳牛の23%が跛行の問題を抱えていると言われています*12。跛行も乳牛の高泌乳化に関係しています。跛行になった牛は休息、摂食、飲水、繁殖などあらゆる行動に影響を及ぼします。足の痛みから餌を食べに行くことすらできなくなる牛もいます。
跛行の詳細はコチラをご覧下さい。
乳熱を伴わずに起立不能、もしくは起立困難となった状態で、分娩後7日以内の高泌乳牛に多発します。乳熱とは異なり、カルシウム剤の投与では起立せず、検査しても特定の診断名を下すことができないということです*13。
これらの病気はいずれも回復しなければ淘汰されます。
2016年度の検定牛のデータから「全国では約25万頭の乳牛が1年間に廃用になっている*17」といわれています。廃用とはつまり家畜として役に立たないから殺すということです。
また、乳牛はかなり若い時期に「除籍」されます。除籍とは牛舎から牛が出ていくことで、出ていく先は、別の農家に売られる場合もありますが多くの場合は屠殺場です*16。
乳牛の平均除籍産次は、3.4産程度。年齢にすると5~6歳です。高泌乳の牛は、除籍産次が早期化する傾向にあります*18。
昔は7産、8産という乳用牛は多くいたことを考えると、確実に乳牛の寿命は短くなっています。
みてきてもらったように、異常に乳量を増加させたことが、病気の多発につながっています。
乳増加を目指した「品種改良」をやめて、乳量を減らす方向に育種を進めていけば多くの問題は解決します。
日本も加盟するOIEの乳牛動物福祉基準にも、品種改良には動物福祉と健康を考慮する旨が記されています。
しかし業界は、乳量の多さが病気の多発につながっていることを承知していながら、「乳用牛ベストパフォーマンス実現会議」の内容や、乳業界の出すレポート・研究資料などを読むと「乳量の増加を続けたままで、牛の病気を減らして生産性をあげる」姿勢を貫くようです。でも、そんなことは不可能なのです。
牛はもう限界をこえて乳を搾り取られています。乳量2万キロ以上の「スーパーカウ」などといって喜んでいる場合じゃないのです。
かつて乳牛一頭当たりの乳量が急速に増加をはじめたころ、「このままでは牛はつぶれる」「もう乳量はいらない」など、能力向上が繁殖性や長命性に及ぼす影響を懸念する声はあった*19そうです。
しかし乳量1万キロこえがざらになって来た今、異常を異常ととらえる感覚がなくなってしまったのかもしれません。5年ごとに改正される家畜改良増殖目標ではいまだに乳量増加がかかげられています。
前回改正されたのは2015年、その時点で8,100kgだった乳量を8,500-9000kgへ増量する目標が掲げられていたので、2018年時点で平均乳量8,636kgというのは目標を達成したということになるのでしょう。しかしこれを喜んでよいのでしょうか?
じつはこれは、日本だけではなく世界共通の課題でもあります。世界中が「品種改良」による弊害という問題を抱えながら乳量増加へ突き進んでいます。1頭あたりの泌乳量が日本よりも多い国は少なくないのです。
「品種改良」と何度も書きましたが、牛にとってはマイナスしかない「品種改悪」です。
本来の生態を無視し動物福祉は置き去りにされ、牛は人の強欲さの犠牲になっています。
上述した乳用牛ベストパフォーマンス実現会議では「1頭当たり乳量の向上はもう充分という声も聞こえるが、1頭当たり乳量の向上を伴わない改良は、経営にはプラスに作用しない」などという意見もありました。しかし、そのようなレベルの低いスタンスにとどまっていられる時期は過ぎています。
乳牛の限界はもうとうの昔に超えてしまっています。
牛はモノではありません。私たちと同じように痛みを感じ苦しみます。病気を抱え牛は苦しんでいます。これ以上の横暴が許されるはずがありません。
忘れてはならないのは、責任の一半が私たち消費者にもあるということです。
私たちがスーパーやレストラン、コンビニで購入する牛乳・乳製品のほぼ100%はこの「品種改良」された牛からのものなのです。
私たちがこれらの牛乳・乳製品を購入し続ける限り、牛の苦しみに終止符が打たれることはないでしょう。
左の牛に取り付けられているのは起き上がるのが困難な牛に取り付けられる開脚防止バンド。
*1 2013年「ウシの科学」広岡博之編
*2 日本農業協同組合連合会 親子で楽しむ酪農の仕事に関する豆知識
*5 2016.6.8 日本農業新聞
*6 高泌乳牛の周産期病の発生要因と栄養管理によるその予防 久米新一(京都大学大学院農学研究科)
*7 高泌乳牛の代謝特性と暑熱ストレスの影響 久米新一(京都大学大学院農学研究科)
*8 乳牛の第四胃変位の発症要因とリスク評価 道畜試・畜産工学部・代謝生理科
*9 日産合成 工業株 式会社 学術・開発部 酪 農 ・ 豆 知 識 平成 20 年 8 月 第 15 号
*10 乳牛の供用年数の延長を考える 供用年数短縮の要因 扇勉
*11 平成23年9月 第76号ニッサン情報 日産合成工業株式会社 分娩性低カルシウム(Ca)血症
*12 Solving Lameness in Dairy Cattle John Maday April 6, 2018
*13 ダウナー牛症候群乳熱早期発見 治療を 家畜疾病図鑑Web
*14 乳牛の低カルシウム血症の予防方法〜裏にカルシウム給与不足がある〜 1日本甜菜製糖 飼料事業部2同総合研究所3)帯広畜産大学臨床獣医学研究部門
*16 酪農だよりひろしま 「牛が牛舎から出て行った理由がわかりますか?」~検定成績表の除籍理由を活用しよう!~
*17 全酪新報/2018年12月1日号 「5年未満の廃用割合4割超える」御影庵主宰・阿部氏が解説――初産比率3割超え、国内生乳生産に影響
*18 乳用牛のベストパフォーマンスを実現するために-あらためて確認してみよう! 自らの繁殖・飼養・衛生管理-
*19 2014.3月号 雑誌「畜産技術」より