2022年10月28日に岡山県と北海道で発生して以来、過去にないペースで発生が相次ぐ今季の鳥インフルエンザ。2023年1月9日の茨城県での発生により56事例約998万羽となり発生件数・殺処分数共に過去最多となった。(2020年~2021年は52事例約987万羽)
そして翌10日の宮崎県と広島県での発生により殺処分数は1つのシーズンとして初めて1000万羽を超えた。(2023年1月10日時点23道県58事例約1091万羽)
これはまだ1月時点の数であり、これまで1月や3月には治まっていた発生も2021年〜2022年鳥インフルエンザでは最終発生が5月14日と長期化していることにも注視したい。
感染拡大を受け農林水産省は鶏を20万羽以上飼育する大規模養鶏農家に対し、鳥インフルエンザが発生した際に備えた「対応計画」を策定しているか調査に乗り出しているという。
この「対応計画」とは特定家畜伝染病防疫指針によるとこのような内容である。
1 防疫措置中の農場内の動線図
2 防疫措置完了までに必要な農場内で防疫作業に当たる人員
3 防疫措置完了までに必要な農場内で使用する資材
4 家きんの死体の処理方法(焼却又は埋却の具体的な段取り、土地利用に関する周辺住民への説明等)
高病原性鳥インフルエンザ及び 低病原性鳥インフルエンザに関する 特定家畜伝染病防疫指針
鶏の処分の依頼先をあらかじめ決めたり必要な資材を用意したりするといったことなのだが、目的としては円滑な初動防疫対応の実施であり、防疫措置の長期化を招いた過去の反省から発生時の具体的な防疫対応を想定しておくというものだ。
この対応計画が準備されていれば発生時にいくらかはスムーズな進行が行えそうではあるが、それ以前にウイルスの早期封じ込めの問題を忘れてはならない。
対応計画の大規模所有者に該当する羽数とは、「殺処分等に多大な時間を要すると都道府県知事が認める」頭羽数であるが、今回の20万羽という数を都道府県知事が決めたのか農林水産省が決めたのかはさておき、この羽数でウイルスの早期封じ込めはできるのだろうか。
そもそも殺処分等に多大な時間を要すること自体がおかしなことなのだが、特定家畜伝染病防疫指針では原則として24時間以内の殺処分と72時間以内の焼埋却を定めており、これは採卵鶏ケージ飼いで3~6万羽程度、肉用鶏で5~10 万羽程度を想定している。
なぜ20万羽という数に決めたのか理解に苦しむが、そもそも鶏の場合は10万羽からが大規模に分類されることが家畜伝染病予防法施行規則により決められている。
つまり指針に則りウイルスを早期に封じ込めようと思えば「対応計画」が求められる「大規模養鶏場」では成立しないということなのだ。大規模農場が当たり前になった今日において大規模経営を前提とした判断基準が行われることも多々あるのかもしれないが、いつまでも発生しては大量殺処分を繰り返すのではなく、この事態を重く受け止め根本的な取り組みを始めなければいつまでたっても示しがつかない。野生の哺乳類への感染も広がっており今後更に加速していくことだろう。淡々と進化を続けるウイルスに私たちが不自然の見返りとして大きなしっぺ返しをくらうのも遠い未来の話ではなさそうだ。
豚熱も2022年11月21日時点で85事例約35万4557頭の殺処分数となったが、アフリカ豚熱もアフリカ大陸だけではなく、アジア17カ国・地域まで感染が拡大した。東アジアでアフリカ豚熱が発生していないのは残すところ日本と台湾のみとなった。
中国
北朝鮮
東ティモール
モンゴル
ラオス
韓国
ベトナム
フィリピン
インド
カンボジア
ミャンマー
マレーシア
香港
インドネシア
ブータン
タイ
ネパール
口蹄疫も近隣諸国で継続的に発生している。(下記リストは東アジアの近接地域に限る)
BSEもなくなったわけではない。
1992年 37316
2001年 2222
2002年 2164
2003年 1369
2004年 864
2005年 559
2006年 350
2007年 172
2008年 131
2009年 67
2010年 45
2011年 31
2012年 21
2013年 7
2014年 12
2015年 7
2016年 5
2017年 7
2018年 5
2019年 8
2020年 5
2021年 7
監視伝染病だけではなく届出伝染病やその他の伝染性疾病も日頃から発生しており、特に鶏大腸菌症の発生羽数や死廃羽数が目立つ。
鶏大腸菌症 発生羽数 死廃羽数
2019年 19618羽 4045羽
2020年 18361羽 3918羽
2021年 3488羽 3069羽
2021年は鶏大腸菌症になったほとんどの鶏が死んでいる、このようなデータを見るとスーパーに並んでいる卵や肉などへのきれいなイメージも少しは変わってくるのかもしれない。工場畜産と呼ばれる今日の畜舎の中はとても過密で不衛生なのだ。
監視伝染病の発生状況
監視伝染病以外の疾病の発生状況
家畜の所有者には家畜伝染病予防法により飼養衛生管理基準の遵守が義務付けられている。その具体的な内容が記してあるのが「飼養衛生管理指導等指針」である。では飼養衛生管理の現状はどうなっているのか。
大規模化が進んでいるとはいえ依然として小規模経営も多数存在しており、発生予防の概念の不足や、限られた労働力により遵守不十分という事例が散見される傾向にあるようだ。高齢化により衛生設備投資への消極性や労務負担増加への対応の困難性といった課題もある。
また農場は関連事業者に加え施工業者や電気水道ガス等の管理業者、郵便・宅配業者等の出入りがあるが、そういった関係者への防疫に関する正しい知識が浸透していない。
鶏に関しては「依然として開放型鶏舎での飼養」や「放牧場等での野外飼養」が課題とされているが、過去の事例からもわかるように鳥インフルエンザはウィンドレス鶏舎でも普通に発生しており、開放型鶏舎や放牧だけを課題とするのは疑問がある。この指導指針は牛や豚では畜舎のタイプに触れておらず放牧に関してもほぼ書かれていないのだが、なぜ鶏だけ過剰にウィンドレスを強調するのか。まずは窓がなくても全く防げていないことを議論すべきだろう。
このように現状や課題とされている内容を見ていくと伝染病が次々と発生してもなんら不思議ではないように感じるが、飼養衛生管理基準の遵守状況は国が示す様式によって行われており、定期報告として行う自己点検の結果と併せて確認される。
確認の結果、遵守状況が著しく不十分である場合は指導及び助言並びに勧告等を実施。また全ての家きんの所有者及び飼養衛生管理者に対して、毎年高病原性鳥インフルエンザの発生シーズン前の9月頃から飼養衛生管理基準の遵守状況に関する自己点検を開始し、シーズン中は不遵守がなくなるまで毎月繰り返し行うことも指導されている。
ここで疑問になるのが飼養衛生管理基準の「密飼いの防止」である、日本の一般的な畜産とは工場畜産であり密飼いが前提となっている。特に養鶏の密飼いはひどいものだ。
飼養衛生管理基準遵守指導の手引によると畜産技術協会が作成した「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」に規定されている数値が推奨されるとのこと。
採卵鶏 430~555cm²/羽
ブロイラー 55~60羽/坪程度
不遵守の判断基準 :飼養される品種(系統)等によっても変動しますが、家きんの健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で飼養する場合、不遵守となります。
肥育豚110kgの場合:0.77m²/頭
繁殖豚200kgの場合:1.15m²/頭
不遵守の判断基準 :飼養される品種(系統)等によっても変動しますが、畜房内の全ての家畜が同時に休息できない、大型の妊娠個体は寝起きが不十分で枠に腹部を圧迫される等、家畜の健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で飼養する場合、不遵守となります。
ちなみにこちらの飼養衛生管理基準ガイドブック(豚)の適切な飼養密度の図が一般的な感覚からしてすでに過密状態なのだが、国が考える適切な密度とは多少の隙間があればよいという感覚なのだろうか。
体重(kg) 必要最小面積(㎡)
100 0.72
200 1.15
300 1.51
400 1.83
500 2.12
600 2.40
体重(kg) 必要面積(㎡)
100 0.72
200 1.15
300 1.51
400 1.83
500 2.12
600 2.40
注:牛舎面積は、牛房面積に共有スペースである給餌通路、飼料調整室などの スペースを加えている。 「1頭あたりの牛房面積」には採食通路を含まない。※飼養衛生管理基準ガイドブック(牛)
不遵守の判断基準 :飼養される品種等によっても変動しますが、家畜が横になったり、立ち上がったり する場合には、前肢(膝)に体重がかかり、前後に動かす行為が行われるため、充分なスペースを確保することが必要であり、家畜の健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で飼養する場合、不遵守となります。
何を基準に「健康に悪影響を及ぼさない密度」と判断しているのか疑問だが、全国の飼養衛生管理基準の遵守状況(令和3年7月現在)によると多くの農場が自己チェックにより密飼いに該当しないと報告しており、以下のような結果となっている。
密飼いの防止の遵守割合:
採卵鶏:97.6%
肉用鶏:98.8%
豚:97.7%
乳用牛:94.5%
肉用牛:90.5%
この割合は2018年とほとんど変わっていない。しかし、実際には全く密飼いは防止されていないことはこちらの記事を読めばわかるだろう。
この密飼いの防止が不順守の場合、家畜伝染病予防法に則り勧告や命令がきちんと行われているのか、また家畜伝染病発生時の殺処分にアニマルウェルフェアへの配慮を掲げているがその具体的な内容などに関して、現在アニマルライツセンターから農林水産省に確認している。回答があり次第追記することとする。
実は、同一の者が複数の畜舎を担当する場合の飼養頭羽数に上限が設定されている。
鶏は10万羽、豚は3千頭(肥育豚は1万頭)となっており、最近の家畜衛生をめぐる情勢について (令和4年10月)によると「1人が担当する飼養頭羽数は個体監視が可能な数とする」との補足がある。
この数で個体監視が本当に可能なのだろうか。
何を根拠に大規模に分類されるほどの頭羽数を採用しているのか。
これに関しても農林水産省からの回答があり次第追記する。
このように疑問が多い飼養衛生管理基準の実効性であるが、これらを踏まえて気になるのが飼養衛生管理指導指針にある次の文言である。
「指導計画の見直しに当たっては、地域の協議会等を活用して大規模農場及び生産者団体の意見も踏まえた実効的な内容となるよう努める」
飼養衛生管理指導等計画は家畜伝染病予防法に基づき定められた名前の通り指導を行う上での計画で3年ごとに見直しが行われているものであり、「原則として3年間の計画期間中に、当該都道府県内の全農場における必要な指導等が完了するよう、地域ごとの家畜の飼養農場数、家畜の飼養状況、指導等の進捗状況等を踏まえ、毎年度、優先的に指導等を実施すべき家畜の種類、地域及び重点的に指導等を行うべき飼養衛生管理基準の事項並びにその理由を定め、地域の関係者の連携した防疫活動の実施等に資する」というような内容になっている。
つまり大規模農場などの意見を踏まえ優先順位を決めて取り組むという、都合の悪いことは厳しくとがめず寛大に対応するようにも見て取れる。
小難しい話になってしまったが、最終的にはいくら飼養衛生管理基準を遵守しても鳥インフルエンザなど伝染病は防ぎきれるものではない。養鶏業者の人でさえ「感染対策を注意深く行っていた養鶏場で鳥インフルエンザが出てしまったという話も聞いていて、どこまで対策をしても不安はあります」と語っている。
冒頭にも述べたが求められるのは根本的な取り組みであり、現実的にそれは工場畜産からの脱却だ。目に見えないウイルスを前に発生は防げないが、殺処分数を減らすことは今すぐにでもできる取り組みなのだから。鳥インフルエンザ殺処分数が1000万羽を超えた2023年1月、改善に本気で向き合う姿勢を国と業界、そして私たち消費者が作り上げていかなければならない。まずは卵や鶏肉の消費量を減らすことからその扉は開く。
合わせてこちらの大規模化と早期封じ込めの記事も添えておく。
2022鳥インフルエンザ発生一覧
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/220929.html#2
2021鳥インフルエンザ発生一覧
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/r3_hpai_kokunai.html
2020鳥インフルエンザ発生一覧
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/r2_hpai_kokunai.html
NHK鳥インフルエンザ過去最多
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230108/k10013944651000.html
NHK鳥インフルエンザ殺処分数1000万羽超える
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230110/k10013945321000.html
USDA2022-2023 哺乳類における高病原性鳥インフルエンザの検出
https://www.aphis.usda.gov/aphis/ourfocus/animalhealth/animal-disease-information/avian/avian-influenza/hpai-2022/2022-hpai-mammals
豚熱発生状況
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/attach/pdf/domestic-38.pdf
最近の家畜衛生をめぐる情勢について
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/attach/pdf/index-357.pdf
飼養衛生管理指導指針
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/attach/pdf/sidou_sisin-4.pdf
定期報告書
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/attach/pdf/index-181.pdf
飼養衛生管理基準遵守指導の手引き
鶏
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/attach/pdf/index-148.pd
豚
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/attach/pdf/index-151.pdf
牛
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/attach/pdf/index-147.pdf
畜産技術協会作成飼養管理指針
採卵鶏
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-46.pdf
ブロイラー
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-49.pdf
豚
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-48.pdf
乳用牛
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-47.pdf
肉用牛
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-43.pdf