鳥インフルエンザや豚熱が発生すると家畜や家禽は特殊なケースを除き、原則全頭羽殺処分となる。これは迅速なウイルス蔓延防止のための国の方針であり、家畜伝染病予防法で定められている。ほとんどの動物は疑似患畜といって、感染しているか否かに関わらず同じ農場にいるため感染の疑いありということで検査もされずに殺処分される。
2022ー2023年鳥インフルエンザの猛威に(令和5年3月3日時点25道県77事例:約1502万羽)農林水産省はついに同一農場内での分割管理を推進。
高騰続く鶏卵、鳥インフルでの全羽殺処分を回避へ…鶏舎の「分割管理」推進
100万羽を超える大規模養鶏場の鶏舎を複数の群に分け、個別に管理することで鳥インフルエンザ発生時に別農場扱いにし、殺処分羽数を減らし卵の安定供給を図るというものだ。
通常別農場へ行かなければならない時はウイルスを持ち込まないために作業員はシャワーを浴び洗濯済みの作業着に着替えてから移動する。同じ敷地内で別農場とするならシャワー室・洗濯機の設置、休憩室やトイレなども各鶏舎群での設置が必要になる。また殺処分時は窓のないウィンドレス(密閉型)鶏舎の換気を止めて作業するケースが多いのだが(これにより鶏が熱死や窒息死することもある)
農水省によると「周囲の鶏舎に病原ウイルスの感染が広がる可能性があるためリスクを低減するための措置」とのことであった。しかし実際には作業に伴う人の出入りで鶏舎内の空気は外に流れ出るため換気停止の意味がどれだけあるのか疑問であり、そして至近距離の別農場扱いの鶏舎群にはいつも通り作業員の出入りがあるので農水省が言うリスクの低減が成立するとは考えにくい。この時、別農場扱いの鶏舎群では換気が稼働しているわけなのでウイルスが進入すれば発生鶏舎群で換気を止める意味は全くなくなるということになる。
つまり別農場へのウイルス拡散リスクを低減したいと言いつつ分割管理式別農場という絶好の拡散リスクを自ら作り出しているわけで、言っていることとやっていることに矛盾があることを強調しておきたい。(アニマルウェルフェアの観点から殺処分時の換気停止は廃止にすべき問題です)
根本的にはいくら管理を徹底したところで鳥インフルエンザを防ぐことはできていない。2023年2月3日に鹿児島県鹿屋市串良で発生した74例目は種鶏になる雛を育てる育雛農場であったが、農家に肉用鶏を供給する立場にある種鶏関連農場では雛がいなくなると農家の出荷計画に大きな影響が出るため、その防疫レベルは「極めて高く」設定されているという。
【鳥インフルエンザ】2万4000羽殺処分で「数百万羽の肉用鶏消える計算」 種鶏になるひなを育てる農場で発生…鶏肉生産に影響恐れ 鹿屋・串良 | 鹿児島のニュース | 南日本新聞
それでも2020年以降、種鶏関連農場での発生は9件起きている。そのようなことで一体誰が同一農場でも管理を分ければ大丈夫などと言えるのだろうか。経済的理由から殺処分数を抑えたい気持ちが先走り、対策が粗雑になっていると言わざるをえない。手遅れ感が否めない鳥インフルエンザへの本気の取り組みとは、もはや飼養規模を縮小させ健全性を取り戻すこと以外に道はない。
また鳥インフルエンザや豚熱に関する報道から畜産業界は精一杯の飼養衛生管理に取り組んでいるアピールが散見されるが、現場の防疫意識は必ずしも高くない。発生農場で当該動物を殺処分すれば税金から殺処分前の評価額が農場へ支払われる。これは国の方針であなたの所有物を処分するのだからその金額は交付しますよという仕組みである。(鳥インフルエンザと税金についてはこちらの記事)
これは手当金と特別手当金からなっていて両方合わせると評価額の全額となるのだが、発生の予防や蔓延の防止における必要な措置を講じていなかった場合は減額されることが家畜伝染病予防法に定められており、発⽣時の状況について精査し、外部有識者の⾒解を踏まえて減額率が決定される。減額率に上限はないがこれまでの事例では2%〜24%の減額割合となっている。できる限りのことをしていると言いながらも、違反事例があり続けている状態であり、違反していたとしても一定額手当金が税金から拠出されていることを国民は知っておくべきだろう。
最後に過去にどのような飼養衛生管理不遵守・減額事例があったのか記録しておく。
手当金及び特別手当金の交付について
令和3年度高病原性鳥インフルエンザの手当金減額事例
※令和4年4月20日現在
17事例中1農場
適切に行われていなかった項目
・衛生管理区域から退出する者の手指消毒
・衛生管理区域へ立ち入る者の衣服や靴の交換
・野生動物の侵入を防止するための防鳥ネットの設置や修繕
令和3年度豚熱の手当金減額事例
※令和4年4月20日現在
14事例中9農場
適切に行われていなかった項目
- 飼養衛生管理マニュアルの作成
- 衛生管理区域へ立ち入った者の記録
- 衛生管理区域へ立ち入る者の消毒の記録
- 畜舎に立ち入る者の手指消毒
- 畜舎ごとの専用の衣服及び靴の設置
- 家畜を畜舎間で移動する際の通路の消毒
- 畜舎の定期的な消毒
- 器具の定期的な清掃又は消毒
- 衛生管理区域へ入る者の手指消毒
- 衛生管理区域へ立ち入る者の衣服や靴の交換
- 衛生管理区域専用の衣服へ更衣する際の交差汚染防止
- 衛生管理区域外を移動する際の衣服や靴の交換
- 衛生管理区域の入退場時の車両消毒
- 隣接する農場との衛生管理区域境界の明確な区分
- 衛生管理区域内の整理整頓
- 野生動物の侵入を防止するための防護柵の修繕や防鳥ネットの設置
- 防護柵周囲の除草
- 野生いのししの生息地域に所在する農場において衛生管理区域の境界に一部防護柵が設置されていなかった
- ・飼養管理者が異常と認知していたにもかかわらず家畜保健衛生所へは翌日まで報告がなされなかった
令和2度高病原性鳥インフルエンザの手当金減額事例
52事例中27農場
適切に行われていなかった項目
- ・消毒実施記録の作成及び保管
- ・農場に立ち入る者や消毒の実施状況の記録の作成及び保管
- ・外来者の海外渡航についての記録の作成及び保管
- ・物品を持ち込む際及び持ち出す際の消毒
- ・隣接農場と共用していたワクチン接種用器具、捕鳥カゴ等について、農場間の移動時に消毒を実施していない
- ・出荷に使用したトレーの農場持ち帰りの際の消毒不実施
- ・家きん舎に出入りする際の手指の消毒や手袋の交換
- ・家きん舎ごとの専用の靴の設置
- ・家きん舎専用の靴の着脱前後の分離保管と交差汚染防止対策
- ・家きん舎内外作業者の交差汚染の防止対策
- ・飼養管理のため出入りする2農場において同じ作業着及び長靴を使用
- ・鶏舎専用の靴は全ての鶏舎ごとに設置されておらず、鶏舎専用の靴あるいは集卵作業用靴への履き替えは事務所前で行っており、鶏舎内、鶏舎外及び集卵作業用長靴全ての作業動線が交差
- ・衛生管理区域に立ち入る者及び退場する者の手指消毒
- ・衛生管理区域専用の衣服及び靴の設置及び使用
- ・衛生管理区域専用の衣服・靴の着脱前後の分離保管と交差汚染防止
- ・衛生管理区で使用する長靴を疫学関連農場と共用
- ・衛生管理区域境界に立ち入る車両の消毒等の項目
- ・衛生管理区域に立ち入る車両及び退出する車両の消毒
- ・衛生管理区域に立ち入る車両の車内交差汚染防止
- ・隣接農場との衛生管理区域境界が曖昧
- ・埋却地の確保
・飼養衛生管理区域が複数区画に分かれており、他区画に移動する際は公道を通る必要があるが、動力噴霧器による車両消毒は南側区画のみの実施であり、公道通過後に別区画へ入場する際に車両消毒が実施されていない
・車両出入り口が複数あったが、動力噴霧器の設置は1か所のみであり、噴霧器の設置がない入口から出入りする車両は、噴霧器の設置された入り口で消毒後、飼養衛生管理区域外の公道を通過してから別の入り口で入退場していた
- ・農場とは公道を隔てて異なるエリアに所在するたい肥舎や育雛舎、育鶏舎などにトラックが移動する際には車両消毒は実施していなかった
- ・衛生管理区域内には整理整頓されていない廃材が大量に置かれ小型野生動物の隠れられる場所となっていた
- ・農場は藪で囲まれており、防鳥ネットの一部は草や枯葉で覆われ、小動物が容易に隠れることが可能な環境となっていた
- ・家きん舎の屋根及び壁面の遅滞ない修繕
- ・側面の金網や防鳥ネット、ロールカーテンに大小多数の破損が認められ、小型野生動物の侵入可能な穴も確認
- ・壁面に小型の野生動物が侵入可能な隙間を確認
- ・特定症状確認から数日遅れての通報
- ・特定症状確認から1週間以上経過し簡易検査で陽性を確認するまで通報がなかった(※1)
- ※1:農場独自の簡易検査キットを用いて検査をすることもあり、都道府県によってはこれを禁止している場合もある
- ・給与水に消毒していない湧き水を使用
- ・飼養衛生管理区域内の事務所で犬を飼育
令和2年度豚熱の手当金減額事例
5事例中5農場
適切に行われていなかった項目
- ・畜舎に出入りする際の手指消毒と手袋交換
- ・畜舎ごと専用の衣服及び靴の設置と着用
- ・家畜を畜舎間で移動する際の通路の消毒
- ・畜舎に重機、⼀輪車等を持ち込む際の消毒
- ・畜舎ごと専用の衣服及び靴の設置と着用
- ・衛生管理区域専用の衣服及び靴への更衣前後の交差汚染防止対策
- ・衛生管理区域に乗り入れた車の車内における交差汚染防止対策
- ・衛生管理区域から退出する際の手指消毒
- ・飼養衛生管理区域境界の明確化
- ・防護柵の設置
- ・野生動物の侵入を防止するための防鳥ネットの設置や修繕
- ・1週間程度の間に隣接する複数の豚房で豚の死亡が認められ、飼養管理者が異常と認知していたにもかかわらず、家畜保健衛生所へは異常を認知してから1週間以上報告がされなかった
- ・給与水として谷の水を使用する際の消毒
- ・衛生管理区域内でネコを飼育
令和元年度豚熱の手当金減額事例
41事例中9農場
適切に行われていなかった項目
- ・記録簿の作成がない
- ・畜舎ごとの手指消毒
- ・飼養管理者以外の者に対して作業着の用意がない
- ・飼養衛生管理区域境界が不明瞭(外部の人間が容易に立ち入れる状態)
- ・衛生管理区域専用の作業着はなく、自身の経営する2農場で共通の作業着を使用
- ・公道で区分された複数の飼養衛生管理区域を往来する際に靴の交換又は消毒を実施しておらず、と場出荷時に作業着の更衣もなかった
- ・衛生管理区域及び畜舎に立ち入る車両、者、物品の消毒の不徹底
- ・複数母豚の食欲低下、虚弱豚の娩出及び虚弱豚の死亡、死流産等、豚熱の特定症状について、家畜保健衛生所に報告していなかった
- ・死亡頭数の増加を確認していたにもかかわらず、家畜保健所への通報が1週間以上遅れた
- ・豚熱発生確認の1か月程度前より特定症状や死亡頭数増加が確認されていたにもかかわらず、家畜保健衛生所への通報は実施されていなかった
- ・加熱が必要な食品循環資源を原材料とする飼料について加熱確認が不十分な状態で給餌
- ・飼料を一輪車に乗せたまま保管していたため野鳥の盗食
- ・豚の給与水に消毒していない沢水を使用
- ・農場内連絡体制の不徹底・「虚偽の報告」(※2)
※2:こちらの記事にも同事例の記載があり、虚偽の報告とは「死んだ家畜の隠蔽」となっている
平成30年度豚熱の手当金減額事例
17事例中4農場
適切に行われていなかった項目
- ・複数の繁殖豚で食欲不振や元気消失が認められたことについて獣医師に相談していたものの、死亡や死流産等の異常の増加については報告しなかったため、豚熱を疑った病性鑑定の実施を遅らせ、本病の発生の発見を遅らせることとなった。また感染症を疑った病性鑑定を家畜保健衛生所に依頼した後は、疾病のまん延防止のため出荷等を自粛すべきだったが、豚の出荷や排泄物の搬出を行った
- ・死流産が急増したことから、管理獣医師と相談の上、家畜保健衛生所に豚熱の検査を含む病性鑑定を依頼しており、疾病のまん延防止のため、検査中は豚の出荷を自粛すべきだったが、出荷を行った
- ・自らいのししの飼養管理を行いながら、豚熱調査のための野生いのししの捕獲調査に従事
- ・周辺の農家から餌用として提供される野菜くずを飼養衛生管理区域外の籠で保管しており、野生動物への対策がなされていなかった
- ・糞便の処理や清掃が行われておらず、死体も放置されており、飼養衛生管理が適切に実施されていなかった
- ・家畜保健衛生所の立入検査を避けるため、その義務に違反して「虚偽の報告」を行った
平成22年度高病原性鳥インフルエンザの手当金減額事例
24事例中4農場
適切に行われていなかった項目
- ・車両用の消毒設備を備えていなかったこと
- ・未消毒の河川の水を鶏の飲用水に供していた
- ・防鳥ネットや鶏舎の壁に破損があった
- ・通報の2日前に死亡羽数が大幅に増加していたが家畜保健衛生所に通報しなかった
- ・飼養鶏の死亡羽数が増加をしていたにもかかわらず、その確認した同日及び翌日に飼養鶏を食鳥処理場へ出荷
消毒から通報まで目を疑うような事例の数々であったが、最低限の飼養衛生管理すらできていない農場があることに驚くと同時に、これだけの不順守でも多少の手当金減額で済んでしまうシステムにも問題があるだろう。このような動物の命を利用する社会の質が問われるなかで卵の安定供給のための同一農場分割管理の推進など取り組みの矛先が明らかにおかしいことに消費者は気づかなくてはいけない。2023年3月現在、卵の価格高騰や卵不足と世間は騒いでいるが、日本は世界第二位の卵消費国でありそもそも食べ過ぎなのだ。私たちは卵がないならないで十分工夫してやっていけるだけの豊かな国に生きている。
あなたも今から
#卵なくても大丈夫
なライフスタイルをはじめてみてほしい。