家畜伝染病予防法 第十二条は、次のことを義務付けています。
定期報告にはチェック項目(畜種によって項目数は異なるが家禽の場合は35項目)があり、「畜舎に出入りする者の手指の洗浄又は消毒及び靴の消毒をしている」「過去1週間以内の渡航歴があるものを立ち入らせない」「畜舎を定期的に清掃」などという項目と並んで「健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で家畜を飼養していない」という項目があります。
これらの項目の集計結果について農林水産省はWebサイトで公表しています。ただ2016年までは畜種によって9~16項目しか公表されていませんでした。しかし2017年には19~33項目に増え、それまで公表されていなかった「健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で家畜を飼養していない。」についても集計結果が公表されることになったので、その結果を見てみようと思います。(全国の飼養衛生管理基準の遵守状況(2018年2月1日現在)参照)
肉牛 | 乳牛 | 豚 | 採卵鶏 | 肉用鶏 | |
健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で家畜を飼養していない | 93.9% | 96.4% | 97.4% | 98.5% | 98.9% |
「密飼いの防止」については、ほかのチェック項目と比較すると、一様に高い遵守状況になっています。しかし本当に遵守されているのでしょうか?
2007~2009年*1、2014年*2に実施されて明らかになった実際の飼育密度と、具体的な数値基準ではありませんが農林水産省が「密飼い」の参考値として「飼養衛生管理基準に関するパンフレット」の中で示している数値*3を比較してみたいと思います。
肉牛(肥育牛) | 乳牛 | 豚 | |
実際の | 3.6m2未満→16.1% *2014年調査。群飼と単飼を分けて調査されていない。 | 1.8m2未満→5.3% *2014年調査 | 0.55m2未満→3.0% *2014年調査 |
3.5m2未満→13.7% *2009年調査。群飼と単飼が分けて調査されている。 | |||
農林水産省が参考値として示す「密飼い」 | 2.0m2(単飼) 5.4m2(群飼) | 2.4m2(単飼) 5.5m2(群飼) | 0.8m2(ただし、「肥育」と書いてあるのみで何キロという記述はない) |
考察 | 日本の肥育牛は80.3%が群飼です*2。 2014年の調査では群飼と単飼を分けて調査されていないので、2009年の調査と比較します。13.7~55.8%の範囲で参考値5.4m2に満たない飼育をされていることが分かります。 | 日本の乳牛の主な飼育方法は72.9%が主な飼育方法はつなぎ飼い。つなぎ飼いは「群飼」ではありませんので単飼のほうの参考値と比較します。参考値2.4m2に対して63.5%で2.2m2未満の飼育がされていることが分かります。 | 2014年のアンケートでは0.65m2以上の区分けがされていないので明確なところは分かりませんが、0.8m2の参考値に対し、少なくとも19.8%の豚が0.65m2未満で飼育されていることが分かります。 |
過密飼育していないと報告した経営体 | 93.9% | 96.4% | 97.4% |
採卵鶏 | 肉用鶏(ブロイラー) | |
実際の | ◆1羽あたり飼育面積 370 cm2未満→8.8% *2014年調査 | ◆1m2あたりのキロ数 約33kg未満→3.5% ◆1m2あたりの平均キロ数 46.7 kg *2014年調査
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◆一羽あたり平均飼育面積 セミウインドウレス鶏舎→262m2 *2008年調査 | ||
農林水産省が参考値として示す「密飼い」 | 1羽あたり 400~600cm2 | 1m2あたり 18 羽 |
考察 | 2014年の調査はざっくりとした飼育面積の区分けになっており、370 cm2未満が8.8%いることは分かるものの400cm2以下が不明です。
| 農水省が「飼養衛生管理基準に関するパンフレット」で示している1m2あたり18羽という参考値は比較することが難しいものになっています。なぜならブロイラーの出荷時の体重は1800~3000gまでと大幅に違いがあり、1800gの18羽と3000gの18羽では過密具合に大きな違いがあるからです。 |
過密飼育していないと報告した経営体 | 98.5% | 98.9% |
*1 畜産技術協会が2007~2009年に行なった畜種ごとの全国実態調査。調査結果は同協会サイトの「アニマルウェルフェアに対応した家畜の飼養管理に関する検討会」の資料に掲載されている。
*2 畜産技術協会が2014年に行なった畜種ごとの全国実態調査。調査結果は同協会サイトの平成26年度国産畜産物安心確保等支援事業に掲載されている。
*3 農林水産省の「飼養衛生管理基準に関するパンフレット(畜種別)」参照。
牛、豚、鶏、どの畜種においても、農林水産省が示す「密飼い」の参考値を超えて過密飼育をしている経営体が相当数いるように推測されます。参考値は目安で拘束力があるものではないとはいえ、それにしても目安をオーバーする経営体が多すぎるように思います。
2018年の定期報告では肉牛93.9%、乳牛96.4%、豚97.4%、採卵鶏98.5%、ブロイラー98.9%という高率で「健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で家畜を飼養していない」と報告しているのです。
これはいったいどういうことでしょうか?
原因は次の3つだと考えられます。
畜舎では限界まで詰め込むほど利益が出ます。つめ込めば畜産動物は病気になりやすく死亡率が増える可能性が高いと思いますが、「死に過ぎない」ところまで詰め込めば、死亡率は十分ペイできてさらに利益がプラスされます。それが今の工場型畜産です。
そういった利益優先で動物の健康を無視した過密飼育に歯止めをかけるために飼養衛生管理基準があり家畜保健衛生所の巡回があるのだと思いますが、明確な数値基準がないため改善指導がしにくいものになっています。家畜保健衛生所に過密飼育の改善指導を求めても「意見を述べることはできるが強制はできない」と答えるのはそのためです。なかには「会社の採算に関することなので飼育密度に意見はできない」という家畜保健衛生所もあります。
そもそも鳥インフルエンザなどの家畜伝染病防止を理由に、視察しても畜舎の中まで入らないということもあります。その場合は農場側からの聞き取りのみで「過密かどうか」が判断されます。しかし農場側の自己申告では正しい判断はできません。
日本では畜産動物の飼育環境について、拘束力のある数値や法的規制がありません。そのことが日本の畜産動物が劣悪な状況で苦しみ続けている理由の一つだと思います。
そもそも農水省が参考値として掲げている数値自体が非常に過密です。肉牛の5.4m2(群飼)は一頭あたりが2.3m×2.3mにも足りないくらいの面積しかありません。乳牛の2.4m2(単飼)は1.6m×1.6mほど。豚(0.8m2)は1m×1mにも足りません。出荷時の体重が110kgにも達するのにです。
採卵鶏については400m2~600m2という参考値が示されていますが、400m2はこの写真くらいの飼育密度です。アイパッド1枚分の上に2羽が閉じ込められている計算です。
「アニマルウェルフェアの考え方に対応したブロイラーの飼養管理指針」には1m2あたり33~43kgが望ましいとされていますが、下の写真でだいたい1m2あたり40kgくらいです。これが健康に悪影響を及ぼすような過密な状態でないとは思えません。しかしこれくらいならまだ「のぞましい」範囲に入るのです。
工場畜産は過密が前提です。EUなみのどんなに福祉的な基準を定めても過密は過密です。しかし日本のブロイラーの平均は1m2あたり46.7kgと言うのは異常です。最低でもEU並みの明確な数値基準を定めて、一律に飼育密度の底上げをしなければ「健康に悪影響を及ぼすような過密な状態で家畜を飼養していない」などという飼養衛生管理基準は絵に描いた餅に終わってしまいます。