結論から言うと、人道的ではありません。
鶏の頚椎脱臼とは、おもに農場内で鶏を淘汰するときや緊急時に使用される殺処分方法です。
そのやり方は、鶏の頭蓋骨を脊椎から外すために鶏の頭を反らしながら同時に思い切り引っ張るというもので(詳細は後述)、頭蓋骨と脊椎を分離させ総頚動脈を切断、破裂させて死に至らしめるというものです。
EUでは、「他に利用する方法が無い場合」、1日70羽まで、3kg以下の動物のみという制限つきで頸椎脱臼を許容していますし*1、OIE(世界動物保健機関)の動物福祉基準も同様に「他に利用する方法が無い場合」として頚椎脱臼方法を提示しています*2。
しかし頸椎脱臼には、意識の即時の喪失をもたらさないという重要な証拠があります*3。
頚椎脱臼が速やかな無意識をもたらすことができる場合もありますが、必ずそうできるというわけではありません。正しい手順に従って頸部脱臼を行っても、意識の即時喪失を保証することはできないのです。
公開された研究によれば、頚椎脱臼された鳥のうち、効果的に行うことができたのは10%だけでした。つまり、頚椎脱臼の後に脳活動が継続するリスクが常に存在します*4。
頚椎脱臼から無意識の状態になるまで30秒かかるという研究もあります*5*7。欧州食品安全機関は、2019年「頸椎脱臼が即時の意識喪失を引き起こすかどうかは不明である」という意見をEU委員会に提出しています。2019年のレポートで「頚椎脱臼の場合、死は瞬間的ではなく、組織の損傷は痛みを伴うものとして認識される可能性がある」として「頸椎脱臼は、気絶した鳥を殺すためにのみ使用されるべき」だといっています*7。
このように不確かで鶏を苦しめる可能性の高い方法ですが、いま、日本で頚椎脱臼以外に実行可能な方法を探すのは難しいという現状があります。(理由はこちらをご覧ください)
頚椎脱臼は「実際にやってみるとやり遂げるのは困難」で技術と訓練が必要になります。日本も批准しているOIE(世界動物保健機関)の動物福祉基準も「力と技術が必要」「訓練を受けた人材が必要」としています。しかし日本国内にはそのような技術を磨く訓練の機会もマニュアルもありません。
2017年12月号の雑誌「畜産コンサルタント」には、大手養鶏企業が「頚椎脱臼」について次のような記事を寄稿しています。
とはいえこの手法、口で言うほど容易なものではない。当社の農場長は20代から80代の男女から成り、各農場の従業員も入れると、「頚椎脱臼」を身に着ける必要のある老若男女はざっと500人ということになる。(中略)現状どんな鶏でも「頚椎脱臼」できる農場長・従業員はわずかである
アニマルライツセンターは、頸椎脱臼が人道的とは言えないという前提の上で、頸椎脱臼の適切なやり方をまとめました。現状他に選択肢がないこと、誤った頸椎脱臼方法が農場で実施されていること、頸椎脱臼すら行われずさらに非人道的なやり方が常態化していると思われること、がその理由です。
このまとめは、動物の人道的な殺し方を研究するイギリスのHuman Slaughter Associationや養鶏場従業員、頸椎脱臼の経験者などへの聞き取り、海外の文献の調査により作成しました。
イギリスで人道的と殺を研究している機関Humane Slaughter Assosiationが、頸椎脱臼の動画を公開していますので、リンク先の一番下の動画「Video demonstrating cervical (neck) dislocation」をご覧ください。
https://www.hsa.org.uk/pre-slaughter-handling–restraint/the-shackling-environment
*動画を介して頸椎脱臼をマスターするのは困難だということに注意してください。対面でのトレーニングのほうがはるかに優れています。
*動画は英語のため翻訳文をこちらに添付します。
HSA(Human Slaughter Association)は、頸椎脱臼を相応しい方法が他にない緊急時、少数の鳥のみでの使用を薦めている。
頸椎脱臼は鶏の首を伸ばし頭蓋骨と脊椎を切断し、脳に供給している血管を破裂させることで死に至らしめる。
実際にやってみるとやり遂げるのは困難である。
ウズラやブロイラーの鶏のような小さめの鳥の頸椎脱臼のやり方は片方の手で鶏の脚をつかみ、その手とは反対側の太もものあたりに鶏を近づける。もう一方の手は、人差し指と中指で鶏の頭を上からつかみ、親指はクチバシの下ですぐに固定する。そして、迅速に確固とした動きで、拳を首もとの頸椎に押し込みながら頭を反らせると同時に、頭を下方向にも引っ張る。
頸椎脱臼は迅速に確固とした決断で行なわれるべきである。
常に確固に確信を持ち明確に行い、そして毎回鶏を確実に殺したかどうかを確認する。鶏の死亡は脊椎と頭蓋骨の間に広い隙間があり、眼はどんよりと固まり瞬膜や目蓋の反射がなく、リズミカルな息づかいがないことで確実とされる。
ターキーやガチョウなどの大きめの鳥についてはHumane kilkersという屠殺器が使われるべきである。
知識、確信、経験そして鳥に苦痛を与えることなく確実に計画しやり遂げることが極めて重要である。
(翻訳協力:C. Strother)
1.はじめに必ず死体で練習すること
死体と生体では感覚も首の伸長具合も異なります。しかしいきなり淘汰する生体で実行しないでください。鶏の苦しみを最小限に抑えるために、感覚をつかむまで必ず死体で何度も練習してください。
2.首を下に思い切り伸ばすと同時に、頭蓋骨と頸椎の間に拳を押し込み鳥の頭を反らすような動作が必要
適切な頸椎脱臼を行うためには首を思い切り伸ばす動作と同時に、頭を反らすような動作が必要です。ただ引っ張るだけでは頸椎と頭蓋骨が正しく外れず鶏を苦しめます。頭蓋骨と頸椎を外すことを意識して、鶏の頭を反らす動作も同時に行ってください。難しいですが、死体で何度も練習してください。
3.人差し指と中指で首を挟み、親指はクチバシの下に固定させる
こちらの図で確認してください。
4.頭蓋骨と頚椎C1を外すこと
頚椎はC1~C13までの別個の骨に分かれますが、一番上の頚椎C1と頭蓋骨を外すことで、もっとも効果的(苦しみの少ない)に頸椎脱臼が行える可能性があります。この部分以外の頚椎が外れた場合脳幹が損傷されず無意識になるまでの時間が延長されるため容認できないとする意見*6もあります。
ただ実際にやってみると必ず毎回頚椎C1と頭蓋骨を外すのは難しいことがわかります。このエリアは結合組織で保護されており、鶏の個体差もあるからです。
しかし可能な限り鶏の頭部/顎骨の近くに手を配置し、C1と頭蓋骨で外すよう心がけてください。頭蓋骨に近い部分で外れたほうが組織の損傷の量が増え、したがって早く無意識にすることができる可能性があります。
5.頚椎の脱臼と同時に総頚動脈を破壊すること
脱臼と同時に総頸動脈の少なくとも1つ、好ましくは両方を切断することで、効果的な無意識をもたらすことにつながります*7。そのために実施者は、皮膚の下のすべての組織(食道、気管、筋肉、頸動脈)を切断するつもりで頸椎脱臼を行ってください。
頚椎脱臼の結果、頸動脈は伸びただけで両方とも切断されないこともあります。伸びただけでも脳への血液の流れを減らすかもしれませんが、望ましいのは頸動脈を切断することです。
6.頭が外れても問題ない
頚椎脱臼の過程で頭が外れてしまうことがありますが、効果にかわりはありません。いわゆる「斬首(断頭)」とは違います。鋭い刃を用いて首と頭を切断する斬首は、脳活動が最大30秒間続く可能性があり、鳥が直ちに意識不明になることは疑わしいので、福祉上の理由で推奨されていません。EUでは、いきなり斬首して死に至らしめる殺し方は、許可されていません。
必ず脱臼させてください。脱臼させた勢いで首が外れた(ちぎれた)としても、頚椎脱臼の効果にかわりありません。
7.やってはならない方法-首を持ってヘリコプターのように回したり、首を捩じる
一般的に農場で行われている、首を持ってぐるぐるヘリコプターのように回したり、鶏の首を捩じる方法は、国際的に容認された方法ではありません。どちらも正しい頸椎脱臼の方法ではなく、失敗する可能性が高い方法です。これらのやり方は鶏に信じがたいような苦痛をあたえる可能性が高いです。
8.切断や潰すのではなく外すこと
頸椎を脱臼させるのであって、切断したり砕いたり潰したりするのではありません。
次の写真のようなペンチや絞り器を使用しては絶対にいけません。首を伸ばす頸椎脱臼とは全く違う、たんに押しつぶす方法であり、素早くも人道的でもない殺処分方法です。米国獣医師会もガイドライン(AVMA Guidelines
for the Euthanasia of Animals:2020 Edition)の中で頸椎や脊椎の破砕を認めていません。
9.頚椎脱臼後の羽ばたき
頚椎脱臼が成功したあとには脳による体のコントロールが停止して鶏は羽ばたきします。これは正常な行動です。 ほとんどの鶏は頚椎脱臼後に羽ばたきします。(病気の鶏を頸椎脱臼した場合羽ばたきは弱いかもしれません)。
成功して起こる羽ばたきは無意識です。しかし頚椎脱臼に失敗して苦しんでいる意識的な羽ばたきである可能性もゼロではありません。どちらの羽ばたきかを区別をすることはできないと思ってください。
10.正しく頸椎脱臼できたかどうか確認すること
・頚椎の間に2~5㎝ほどの隙間があるか。
・鳥が呼吸していないか。
・眼はどんよりと瞳孔が拡張して固まり、さわっても瞬膜や目蓋の反射がないか。
頸椎の隙間がない、あるいはわずかしかない場合は、ただちに再度頸椎脱臼を行う必要があります。そうしなければ鶏は大変苦しみます。
目の反応による判断は絶対的なものではなく目安だと思ってください。目が反応する場合脳死がまだ起こっていないという指標になる一方で、痙攣の一部である可能性もあります。また逆に目の反応が無い場合でも脳活動が続いているという可能性もあります*4。ですので頸椎に十分な隙間があるかどうかと呼吸の有無を必ず確認してください。
11.確実に死んだことを確認する
羽が激しく動いているとき、体の痙攣が続いている間は呼吸の有無が分かりづらいので、まったく動かなくなるまで確認する必要があります。けいれんは数十秒~3分程度続きます。
確実に動かなくなる前後に総排出口から糞を排出します(弱って長い間何も食べていない鶏や、総排出口から腸などの内臓が飛び出している鶏などは排出しない場合もあります)
以上見ていただいたように、頸椎脱臼は人道的な方法でも確実な方法でもありません。しかし現在の日本では頸椎脱臼方法しか実行することが難しく、しかもその頸椎脱臼すら行われていない、つまり生きたまま焼却したりレンダリングに出すということが日常的に行われていると考えられます。また頚椎脱臼が行われていたとしても不適切な方法、例えば鶏の首を片手で持って振り回したり、意識の消失を確認せず産業廃棄物用コンテナに投げ入れたりなどのやり方が行われているという実態もあります。
アニマルライツセンターは鶏への非人道的な行為を中止するよう農林水産省や関係機関に要望をしています。皆さまからも、養鶏場内での福祉的な淘汰方法の普及、畜産従事者へ動物福祉教育などを、農林水産省へ求めてみてください。
農林水産省意見先
https://www.contactus.maff.go.jp/voice/sogo.html
もっとも苦しみが少ない淘汰方法はこちらに記載する通り脳震盪式スタニングや電気的スタニングですが、この方法であっても「苦しみが少ない」のであって安楽殺ではないことに注意してください。本来の安楽殺は吸入式の過麻酔ですが、薬剤が残ること、コスト面から経済利用される鶏への適用は難しいでしょう。
また、「苦しみが少ない」方法というのは、無感覚である無意識状態に速やかに陥らせることが可能だと考えられているからですが、そもそもこの「無意識」の判断が困難であることも忘れないでください。
畜産動物の無意識の評価については様々な研究が行われています。一般に、無意識を評価する最も信頼できる指標であると考えられているのがEEG(脳波)です。しかしEEG評価が可能なのは実験室であり、農場でそれを行うことは不可能です。そのため農場でこれらを実施するときは行動指標(姿勢、瞬き反応、律動的な呼吸、発声、眼球運動など)が使用されることになりますが、行動指標は殺し方によって異なり絶対的なものではありません。行動指標をより精度の高いものにするためにはEEGと行動指標を関連付ける研究が必要ですが、そのような研究はほとんど行われていません。
また、信頼できると考えられているEEG自体にも課題があります。EEGは頭蓋骨の厚さなど動物の個体差や設備環境で変動するだけではなく、EEGにはそもそも無意識と意識を区別する明確な基準がありません。
以上のことから、どのような淘汰方法であっても、それが適切な方法で正しい位置で行われたかどうか、動物を速やかに無意識にさせることができたかどうかを明確に判断することはできません。
実施者が適切な方法で速やかに死に至らしめることができたと思っても、実際には大きな苦痛を伴う死であったということもあり得ることを忘れないでください。
もう一つ
忘れてはならないのは、鶏の人為的淘汰という行為そのものが、正当化できない暴力だということです。
いずれはこのように動物が経済利用されること自体を無くし、
この暴力をともなう「畜産」と言う動物からの搾取そのものに終止符を打たなければならないのです。
*1 COUNCIL REGULATION (EC) No 1099/2009 of 24 September 2009 on the protection of animals at the time of killing
*2 CHAPTER 7.6. KILLING OF ANIMALS FOR DISEASE CONTROL PURPOSES Article 7.6.1.
*3 Opinion on the welfare of animals killed on-farm September 2017 Farm Animal Welfare Committee, Area 5B, Nobel House, 17 Smith Square, London, SW1P 3JR.
*4 Pre-Slaughter Stunning – Why it is important for poultry is one of a range Animal Welfare Approved technical papers designed to provide practical advice and support to farmers. For more information visit our website.
*5 Jun 18, 2018 Unclear scientific terminology affects bird welfare
*7 International Journal of Poultry Science Volume 17 (5): 205-210, 2018
*6 Practical Guidelines for On-Farm Euthanasia of Poultry 2nd Edition – Published in 2016 Ontario Association
*7 Killing for purposes other than slaughter: poultry 13 November 2019
【参照】
頚椎脱臼について
Human Slaughter Association Online GuidePractical Slaughter of Poultry
無意識の評価について
Measures of insensibility used to determine effective stunning and killing of poultry M. A. Erasmus P. V. Turner T. M. Widowski
Published online 2014 Oct 30. doi: [10.1017/S1751731114002596] Indicators used in livestock to assess unconsciousness after stunning: a review mikethechickenvet A chicken vet’s perspective on the world Dead on: Straight talk about euthanizing poultry