5年ごとに改正される「酪肉近の基本方針(酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針)」「家畜改良増殖目標」「鶏の改良増殖目標」について食料・農業・農村政策審議会畜産部会で議論が行われていましたが、2019年10月21日~2020年1月末に行われたパブリックコメント(国民からの意見募集)をへて、2020年3月31日に決定しました。
前回の改正では二回に分けたパブリックコメントが行われましたが、今回は一回のみで終了。寄せられたパブリックコメントは総計505件196名でした。このうち「繋ぎ飼いの廃止」「屠殺場に畜産動物用飲水設備を設けるべき」「動物に負担を与える改良をやめてほしい」「畜産を縮小すべき」といった動物への配慮を求める声は全体の約9割(件数で)を占めました。
寄せられたパブリックコメント↓↓
新たな酪肉近基本方針及び家畜改良増殖目標に関する国民からの意見
それぞれ、動物への配慮に関してどのような改正が行われたか見ていきます。
当法人が意見していたような「繋ぎ飼いの廃止」「動物福祉ラベルの導入」「屠殺場における動物福祉の指針の周知徹底」「生産性を追求した家畜改良の中止」「オスの雛の殺処分の代替法の推進」といった動物福祉の向上に直接結びつくようなものは盛り込まれませんでした。
しかし前回同様大雑把なものではありますが「アニマルウェルフェア」について少し詳しい記述への変更が行われました。
これまでの内容 | 今回の改正 |
⑥ 家畜の快適性に配慮した飼養管理の推進 (背景・課題) 日々の観察や記録、良質な飼料や新鮮な水の供給等を始めとした適正な飼養管理の励行により、家畜を快適な環境で飼養することは、家畜本来の能力を最大限に発揮させることによる生産性の向上にも寄与する。 (対応・取組) 我が国の実態を踏まえて社団法人畜産技術協会(当時)が平成23年3月に公表した「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛/肉用牛の飼養管理指針」の周知・普及を図る。 | 3 持続的な経営の実現と畜産への信頼・理解の醸成 |
前回は五つの自由やOIEへの言及、技術指導通知などはなかったので、前よりは具体性があると言えるかもしれません。
また、「放牧活用の推進」はこれまでもありましたが、今回の改正で放牧がアニマルウェルフェアにつながる取り組みであることも示されました。
今回の改正 |
(2)資源循環型畜産の推進 (中略)放牧は、適切な草地管理を行うことによる資源循環とともに、アニマルウェルフェアや飼養管理、家畜排せつ物処理、飼料生産の省力化による働き方改革にも資する取組である。また、放牧により生産された畜産物であることをアピール(放牧認証等)することで、エシカル消費にもつながることから推進が必要である。 |
これまでの内容 | 今回の改正 |
(本文) 飼養管理 我が国の実態を踏まえて社団法人畜産技術協会(当時)が平成23年3月に公表した「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛/肉用牛/豚の飼養管理指針」の周知及びその普及を推進するものとする。 | (まえがき) この度、新たな目標を検討するため、家畜改良の専門家を始め、畜産経営や流通・販売・消費等に関する有識者による畜種ごとの研究会を設置し、技術的見地に加え様々な視点から議論を重ね、さらに食料・農業・農村政策審議会畜産部会での審議を経て、本目標を取りまとめた。 (本文) 乳用牛/肉用牛/豚の遺伝的能力を十分に発揮させ、生涯生産性の向上を図るためには、乳用牛/肉用牛/豚を快適な環境で飼養することが重要であることから、「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」(令和2年3月 16 日付け元生畜第 1897 号農林水産省生産局畜産部畜産振興課長通知)及び「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛/肉用牛/豚の飼養管理指針」(令和元年6月改訂公益社団法人畜産技術協会)の周知及びその普及を推進するものとする。 |
今回の改正で、まえがきの部分でこれまでにはなかった、「品種改良」においてアニマルウェルフェアが大切であることが示されました。また「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛/肉用牛/豚の飼養管理指針」だけでなく「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」についても周知と普及が求められるようになりました。後者は2020年3月16日に通知されたもので、
「家畜を追う際に道具を用いる場合には、パネル(板)や旗等を用いることとし、家畜にけがを負わせたり不要な痛みを与えたりする可能性のある道具の使用は避ける。
治療を行っても回復の見込みがない場合や、著しい生育不良や虚弱で正常な発育に回復する見込みのない場合など、家畜の殺処分を農場内で実施しなければならない場合には、直ちに死亡させるか、直ちに意識喪失状態に至るようにするなど、できる限り苦痛の少ない方法により殺処分を行う。」
というような具体的な記載もあります。またこの通知は「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛/肉用牛/豚の飼養管理指針」だけでなく「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の輸送に関する指針」及び「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の農場内における殺処分に関する指針」も参考にするように求めるものになっています。
これらのことから「家畜改良増殖目標」もこれまでよりは具体的になったといえるかもしれません。しかし、畜産動物に過酷な数値目標が掲げられていることには変わりがありません。乳用牛の乳量については、現在の8,636kgから2030年に9,000~9,500kgという目標値が設定され、肉用牛と豚についても現在よりも増体させることを目標とするものになっています。
これまでの内容 | 今回の改正 |
(本文) ② 飼養・衛生管理 | (まえがき) この度、新たな目標を検討するため、鶏の改良の専門家を始め、養鶏経営や流通・販売・消費等に関する有識者による研究会を設置し、技術的見地に加え様々な視点から議論を重ね、さらに食料・農業・農村政策審議会畜産部会での審議を経て、本目標を取りまとめた。 (本文) ② 飼養・衛生管理 |
「家畜改良増殖目標」と同様に、まえがきに「品種改良」においてアニマルウェルフェアが大切であることが示され、2020年3月16日に通知された「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」の周知と普及が求められるようになりました。またGAP*によるアニマルウェルフェア推進も盛り込まれました。
*Good Agricultural Practice:農業生産工程管理のことでさまざまな種類のGAP認証があります。JGAPについてはコチラを。グローバルGAPについてはコチラをご覧ください。
しかし「鶏の増殖目標」もまた動物に過酷な数値目標が掲げられていることに変わりはありません。
鶏の産卵率は88.2%から2030年に89%へ引き上げ、肉用鶏(ブロイラー)はより短期間太るよう、出荷日齢を47.1日齢から2030年には45日齢にという目標値が設定されています。
まえよりは幾分アニマルウェルフェアが強調される内容に変わったとはいえ、やはり生産性や市場拡大が重視され、動物への配慮はなおざりな内容になっています。
ただ今回多くの動物への配慮を求めるパブリックコメントが寄せられたことで、審議会では次のような意見交換もありました。
2020年2月28日第11回畜産部会議事概要より引用
〇参考資料1の「国民からの意見」でアニマルウェルフェアに関するものが多く寄せられている。畜種ごとに何が課題とされているのか説明していただけるとありがたい。
〇特に「と畜場における暴力行為を防止」という表現での意見が多数寄せられている。と畜場は生体から食用に供するための食肉製造工場として、家畜の福祉、作業員の安全、品質・衛生の確保、効率性に配慮した作業手順工程により食肉を製造しており、誤った見方・イメージがあるのであれば、食肉消費や従業員の確保にも影響を及ぼすことから、施設見学や食育などを通じて理解の醸成に努めることが必要である。
(畜産振興課より回答)
〇アニマルウェルフェアについては、基本的にはOIEコードを遵守した飼養管理を進めることが課題となっている。生産現場の実態、OIEコード、アニマルウェルフェアに関心の高い方のそれぞれで、アニマルウェルフェアに関する認識にギャップがある。なかなか難しいがOIEの考え方を普及させることでギャップを埋めていきたいと考えている。
〇と畜場における暴力行為の詳細は不明であるが、トラックへの積み込み時に殴るとか、と畜場での係留時に水を与えないといったことが言われているので、と畜場を所管する厚生労働省とも協力をして改善に取り組んでいきたい。
パブリックコメントは国の方針を決める議論の対象になり、記録としても残ります。地道ですが動物の代わりに声を届けることができる重要な場です。これからも意見していきましょう。