日本のスーパー、ファーストフード、レストラン、コンビニで売られている鶏の肉のほとんど100%は、チャンキーやコブといった鶏種です。それらの鶏種はファストグローイング(fast-growing)と呼ばれ、本来の4-5倍にまで太るよう品種改変されています。
自然の摂理に反するほど、短期間で急激に成長させられる鶏たちは、自らの体重の重さに耐えきれず、脚弱、起立不能、心臓疾患、腹水症などの病気で苦しんでいます。
写真:足が曲がらなくなり起き上がれなくなった鶏
この鶏たちの苦しみに目を向け、ゆっくり成長する鶏種(slow-growing)に切り替えようという動きが世界で始まっています。
「ゆっくり成長する」といっても、実はそれほどゆっくりなわけではありません。増体を目的として品種改変されたブロイラー種であることに違いはなく、「ゆっくり成長する鶏」はfast-growing種の80%くらいの成長率だと言われています*3。ブロイラー種以外の鶏の成長率はfast-growing種に比べると20%以下(ジュリアの場合)ですので、slow-growing種であっても品種改良の弊害を避けて通ることはできません。それでもfast-growing種よりも動物福祉は向上します。
「ゆっくり成長する鶏」の認定基準は、さまざまな機関が設けていますが、代表的なものとして北米の動物福祉団体Global Animal Partnership(GAP)やイギリスのRSPCA、European Chicken Commitmentがあります。
Global Animal Partnership (GAP) | 現在の要件は、成長の早い種であっても動物福祉の認定を取得することが可能なものとなっていますが、2024年以降はゆっくり成長する鶏(1日当たり平均50g以下の成長)でなければ認定の取得ができないことになっています。 |
RSPCA | RSPCAはかつて一日あたり平均45g以下の成長を認定基準としていました。 |
European Chicken Commitment | RSPCAと同じ基準にしています |
*平均成長体重は屠殺日齢によって大きく変動します。屠殺日齢は30-55日と幅広いため、鶏種を基準にしたほうがより動物福祉を反映しやすいと考えられます。
「ゆっくり成長する鶏」は、ヨーロッパでは着実に広まりつつあります。
現在、正確な統計はありませんが、EUにおける「ゆっくり成長する鶏」の市場シェアは5〜10%と推定されています。最近の報告書(Rabobank、2018年)は、「ゆっくり成長する鶏」のEU市場シェアは今後7年間で2倍になり、2025年には15〜20%のシェアになるだろうと推定しています*1。
特にオランダでは「ゆっくり成長する鶏」への切り替えが加速しています。オランダ市場の30-35%を「ゆっくり成長する鶏」占めており*1、2020年までにはオランダの小売食料品店で販売されるすべての鶏肉は、「ゆっくり成長する鶏」に切り替わるだろうとも言われています*2。
フランスでは鶏肉市場の11%を「ゆっくり成長する鶏」が占めています*1。
さらにそれとは別に、フランスでは厳格な鶏の基準Label Rougeがあります。Label Rougeは伝統的な農法を維持するために1960年代にフランス政府によって設立されたもので、「ゆっくり成長する鶏」が使われています。このLabel Rougeの鶏肉が普通の鶏肉の2倍の価格にもかかわらず市場の25%を占めると言われている*4ので、合計で36%が「ゆっくり成長する鶏」だということになります。
イギリスでは放し飼いや有機飼育を含めて市場の約11%が「ゆっくり成長する鶏」だと言われています*5。
2020年ベルギーのスーパーの鶏肉の10分の9を扱うDanpoがRoss308を廃止すると発表。
など、「ゆっくり成長する鶏」へ切り替えると発表する企業が近年増加しています。
2019年に入ってからの大きな動きとしては、ファストフードではじめてケンタッキーフライドチキンが切り替えたことが挙げられるでしょう*6。
また、世界有数の鶏肉会社のパーデュー社(Perdue)のように、切り替えを発表はしていないものの、みずからゆっくり成長する鶏の育種に取り組んでいる企業もあります*4。
Welfare Commitmentsのサイトをみると、上で述べたGAPやEuropean Chicken Commitmentに署名して「ゆっくり成長する鶏」へ切り替えることを約束した企業は全部で223社となっています。アメリカでは140を超える企業が署名しており、現段階でアメリカにおける「ゆっくり成長する鶏」の市場シェアはごくわずかなものの、今後ヨーロッパ同様にこの市場は拡大していくと推定されます。
ただ残念ながらこれらの企業の約束はヨーロッパ、アメリカ、カナダに限定されており、日本を含むアジアなど他の地域では含まれていません。例えばケンタッキーフライドチキンが切り替えを約束したのもイギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、スウェーデンに限定されているのです。
けれども、採卵鶏のケージフリー発表が、はじめ地域限定だったものが次第に範囲を広げグローバルに移行していっていることを考えると、ブロイラーもそのあとをたどること可能性があります。
OIEの動物福祉基準においても、肉用鶏の系統の選択する場合には、「生産性だけでなく、福祉や健康面も考慮するものとする」とされており、今後この世界基準の考えは広がりこそすれ縮小することはないだろうと考えられます。
じつは日本でも、通常よりゆっくり育つ国産鶏種のブロイラー「はりま」「たつの」が育種されており、これらの鶏肉はそれぞれ年間百数十万羽市場に出ています*7*8。しています。「はりま」の屠殺日齢は55日以上、体重2.9kg程度、「たつの」は60日以上、体重2.7~2.8kg程度。
チャンキーやコブなどの普通のブロイラー種の場合屠殺日齢が50日前後、出荷体重が2.9kg前後ですので「はりま」のほうは通常よりほんの少しだけ大きくなるのに時間がかかる種のようです。数字だけ見ると「たつの」のほうがより福祉的に見えます。
ただこれらの国産鶏種は上に書いたRSPCAが許可した「ゆっくり成長する鶏種」のように福祉評価がされているわけではないので、動物福祉の面からどうなのかということについてまだ議論する必要がありそうです。
また、日本には「地鶏」という規格があります。地鶏の場合少なくとも50%は、fast-growingではない在来種の血が入っていますし、飼育日数については75日以上という決まりがあります。
この地鶏の日本における鶏肉市場シェアはわずか1%程度だということです。「はりま」や「たつの」を合わせたとしても、日本における「ゆっくり成長する鶏」の割合はわずか1-2%程度ということになります。
まず市場シェアのほとんど100%を占めるチャンキーやコブといった急激に成長する鶏は論外です。これほど鶏を苦しめる種はないからです。
つぎに国産鶏種の「たつの」が考えられますが、福祉評価が行われていないことが気になります。
最後に残るのは地鶏です。
「地鶏」と表示されたものを買えば上記の様に50%以上の在来種の血、75日以上の飼育、さらには飼育密度については1平方メートル当たり10羽以下でなければならないという決まりもあり、一番福祉的と言えるかもしれません。
ただ気を付けなければならないのは、「地鶏」であっても品種改良され続けたブロイラー種の血が混じっていることがあるということです。その場合、fast-growing種と同じような動物福祉上の問題が起こることがあります。
たとえば地鶏の中で一番多く生産されている「阿波尾鳥」ですが、片方の親にはブロイラー専用種の白色プリマスロックが使われています。そして「阿波尾鳥」には、出荷時に、足の骨が湾曲し、皮が破れ、赤い斑点が出てきて炎症が起こる、というようなことが起こっています。これは急激に成長するブロイラーの病と同じ症状です。
ですので鶏の苦痛を最小限におさめたいのであれば、「名古屋コーチン」や「土佐ジロー」のように、地鶏の中でも両親ともに100%在来種のものを選ぶか、55-99%の場合、混じっている血統に動物福祉上の懸念がないかどうかを確認して選ぶ必要があります。
しかしそのような面倒な作業をしなくとも「鶏肉を食べるのを止める」というもっとも単純で無害な選択があります。
栄養学的には「鶏肉」は必須アイテムではありません。近年では代替肉の市場が大幅に拡大しており、さまざまな代替品を選択することができます。
無理に動物を殺害した肉を食べなくても大丈夫なのです。
*2 The expanding market for slow-growing broilers BY GARY THORNTON ON SEPTEMBER 13, 2016
*4 The Race to Produce a Slower-Growing Chicken
*5 Statistics: Broiler Chickens Compassion in World Farming
*6 KFC signs up to the Better Chicken Commitment by The Poultry Site 12 July 2019
*9 »Største sejr for dyrevelfærden«: Danpo dropper turbokyllingen
En kæmpe sejr for dyrevelfærden, siger dyreværnsorganisation om Danmarks største fjerkræslagteris beslutning om at udfase industrikyllinger.
参照:
http://www.poultryworld.net/Genetics/Articles/2015/11/Breeding-for-alternative-markets-2709620W/
The EU poultry meat and egg sector Main features, challenges and prospects November 2019
記事を拝見しました。ブロイラーのような鶏たちの受難について調べています。
記事内で、名古屋コーチンなどの地鶏の選択をオススメしていますが、肉用の地鶏でも多くのオスが孵化してすぐに肥料になるかゴミに出されていると聞いたのですが、その点は把握の上でしょうか?
オスが育てられない理由は、まず卵は産まず、成熟につれて肉質は硬く、においは強くなり、数が多いと喧嘩が絶えない事が挙げられます。オスの肉質を好む消費者もいますがごくマイナーです。
数件、名古屋コーチンを取り扱う業者のサイトを確認しましたが、こだわって「メスのみを扱っている」所はあれど、オスをメインに取り扱う業者はありません。明記はされていませんが、選別されて処分されていると思われます。
割合で言えば、オスも食用になるブロイラーより、名古屋コーチンの方が、出荷までに出る無駄な犠牲は更に多いでしょう。
上記の問題を考慮せずに、成長に日数がかかると言うだけで地鶏が動物福祉上正しいとオススメするのはいかがかと思います。
あと鶏肉の消費を本当に止めるなら、卵の需要もゼロにしなくてはなりません。卵のためにはメスだけ必要なので、結局食べることもないオスは処分になるだけです。
最も命の無駄の少ない選択肢は、「肉卵兼用品種の採用」で、硬いとか臭いとか好き嫌い言わず値段にも文句を言わず、オスも無駄なく消費する事だと思いますが、現状から移行するには困難が多いでしょう…。
追記失礼します。
上記で名古屋コーチンのオスについての言及は、文章内でもその旨を書いていますがあくまで推測です。実際のところどうなのか調べていますが、記述が見つかりません。すみません。
一方で、同じく日本三大地鶏であり卵肉兼用品種とされる比内地鶏に関しては、「オスの多くは育てられない」つまりヒナで処分されている事を示す記述を確認しています。
それを知り、オスを積極的に消費しようとしている企業がございます。