歩道を歩いていたり車の運転をしている時、またパーキングエリアでの停車中などにトラックに積まれた鶏、豚、牛などと遭遇することがある。屠畜場に向かうところなのかなと思い、その様子に心が痛んだり申し訳なさを感じた経験があなたにもあるかもしれない。畜産動物が命を奪われる時はどんな扱いをされているのだろうと気になることだろう。日本の屠殺や農場での飼育に確固とした決まりはなく、畜産動物の扱いはその現場の都合や倫理観に委ねられている。基本的には肉質など利益に悪影響かどうかで判断されていると言っても過言ではない、裏返して言えばここまでなら商品として問題ないとする一線を超えない限りにおいてはどんな扱いをしても許容されるという感覚が屠畜場含め工場畜産の真髄と言える。
※屠畜場、屠殺場、食肉センターは同じ意味です(鳥類の場合は食鳥処理場)
屠畜場や農場での動物の扱いはその内容の目立ちやすさから比較的注目されやすいが、輸送となると外見上ただ車両に乗せられ移動しているだけに見えるため、そこでの苦しみは着目されにくく、輸送が畜産動物に深刻な問題をもたらしていると言われてもほとんどの人はピンとこないかもしれない。では畜産輸送にどのような福祉問題が潜んでいるのか、これまでも発信してきたように出荷や屠畜場への搬入に伴う動物を移動させる際の暴力(蹴ったりスタンガンを当てたり尾を捻ったり)も輸送の部類に入るが、ここでは主に車両の中に限った範囲で取り上げていく。
まず積み込んだ時点でその動物はどのような状態なのか。国際基準では輸送に適していない動物は輸送してはならないとされているが、具体的には以下のような状態が不適格とされる。
・歩行不能
・足を引きずる
・手足が不自由
・骨折
・重度の開いた傷
・子宮や直腸や膣の重度の脱出
・全身性神経系障害の兆候
・震え、呼吸困難、皮膚の変色を起こしている豚
・苦しそうな呼吸
・脱水症状の兆候
・発熱の兆候
・高体温または低体温の兆候
・大きなヘルニアがある(臍の部分がコブ状に垂れ下がる)
・48時間以内に出産もしくは妊娠の最後の10%
・治癒していない感染したへそ
・壊疽性乳房
・重度の眼がん(眼の扁平上皮がん)
・不快感と脱力感を伴う膨満感
・疲労の兆候
・非常に痩せている
・ショック状態
・瀕死状態
・その他苦痛なしに輸送できないことを示す兆候(虚弱、病気、怪我)
生産性のみを求められた工場畜産の過酷な飼育現場で健康体で過ごせと言うほうが無理な話しだが、日本において例えば重度脱出の母豚が荷台を血で染めながら屠畜場に搬入されたりしている。肉用牛の脂肪交雑技術やブロイラー(肉用鶏)の常軌を逸した品種改変なども一言で言えば死ぬ手前のギリギリで出荷しているようなことだ。廃鶏(産卵数が落ち始め屠殺される卵用の鶏)はケージの中で限界を超えボロボロになった挙句の果てゴミのように乱暴に詰め込まれ、本来の10倍のお乳を出すように品種改変され365日繋がれた乳牛の長く苦しい生涯も、最期はもちろんボロボロだ。畜産における適格の基準がそもそもおかしいことが前提としてあることに留意しておく必要がある。
このように適格と判断されても既につらい健康状態の動物を輸送するのだから、業界で不適格とされている状態で輸送するなどもってのほか、最低限守らなければならない常識と言えよう。上記を踏まえると輸送に限らず言えることだが、アニマルウェルフェアとは回避可能な苦痛を与えないという意味合いが強く、だからこそ尚更その必要性は高い。
積み込んだ時に問題がなかったとしても、そのまま何事もなく目的地にたどり着けるとは限らない。単純に真夏や真冬に配慮が欠けていれば高温による熱中症や脱水症状、隙間風による低体温や凍傷が起こり得るだろう。体格差がある動物を積み込めば喧嘩や押しつぶしにもなる。軽度の跛行(歩様異常)を患っている動物が車両内でぶつかったり押し合ったり、バランスをとったりしているうちに跛行は悪化し、雌雄混合の場合交尾行為の可能性など。ここでは継続的な監視と迅速なケアが求められる。
そして予想外の事態が起これば危険性は助長される。渋滞や通行止めによる輸送時間の遅延、運転手の急病、車両の故障、ゲリラ豪雨や暴風など急な気候の変化、交通事故による車両の転倒・負傷など、福祉的な輸送にはあらゆる可能性を予想し、緊急時の避けられない苦しみを軽減・緩和させる計画性が不可欠である。起こり得るさまざまな輸送状況において何をすべきか、どういった状況だと自分だけでは対応できなくなるのか、その時はどこに連絡したらいいのか、変更可能な目的地はあるのか、動物の最期の給餌給水時間はいつなのか、動物が攻撃的になった場合の適切な対応方法など。運転手は連絡が取れない場合のバックアップ番号を含む緊急連絡先のリストや予備の水・餌も備えておかなければならない。動物を乗せてただ走行していればいいというものではないのだ。
車両に乗っているだけで病気になると言われても快適な車両生活を送る私たちにはにわかに信じがたいかもしれない、しかしストレスが免疫を弱めることは多くの人が知るところだろう。
牛伝染性鼻気管炎やオーエスキー病は、潜伏感染していたウイルスが輸送などのストレスにより再活性化され発病する。その他ヨーネ病、アナプラズマ症、豚丹毒も妊娠などのストレスと関係が深い。農場も屠畜場の係留所も大差はないが糞尿で汚れる荷台の狭いスペースに動物が密集すれば感染は一気に広がる、輸送は唯一空間自体が動く工程であるため、農場よりも係留所よりも輸送は最もストレスフルと言えるかもしれない。
参照:家畜の監視伝染病
このように畜産動物にとって輸送は常に苦痛や危険と隣り合わせの工程であり、歩行不能などその苦痛があまりにも大きければ殺処分も必要になってくる。海外だとトレーニングを受けた運転手が殺処分用に気絶器具や銃を持ち運べることもあるが日本でそれはできないため他の方法が必要になってくる。
カナダの動物輸送ガイドラインには「適応できなくなった動物を、ケアが提供できる最も近い場所を超えて輸送し続けることは容認できません」「輸送者は、動物が治療を受けるか人道的に殺される最も近い場所に向かう途中で、動物をできるだけ快適にさせなければなりません」と、殺処分のための緊急施設を視野に入れた内容になっている。これらの施設には治療を受けられる近くの動物病院、屠殺工場、適切な農場などがあるのだが、日本に畜産動物を治療してくれる動物病院も、食肉目的以外で殺処分してくれる屠畜場も、福祉的に殺処分できる農場も存在しない。WAP(世界動物保護協会)の畜産動物福祉評価最低ランクG評価の日本において、殺処分の福祉問題は輸送だけではなく全ての場面において問題だらけという現実が突きつけられる。それゆえに死んだ動物が屠畜場に搬入される(動画02:00~02:08)という光景は日常的なのだろう。
※農場への受け入れはやり方次第ではバイオセキュリティのリスクがありますがカナダではそのような緊急時の契約をしている農場もあるようです
炎天下での駐車は過度の熱と二酸化炭素が車両内に蓄積し、動物が高熱や窒息で苦しみ、死亡する可能性がある。冬の輸送では側面に近い動物は凍え、中央部分の動物は熱にさらされて死亡することもある。これは、積み込み位置の関係で輸送車両の側面から離れることができない動物の輸送で頻繁に発生すると言われている。また車両の内と外の温度勾配が大きい場合、換気の低下により車両内に結露が発生し、動物が濡れることがある。輸送が再開されたとき濡れた動物は低体温になり、苦しみはもちろん死に至る可能性もある。換気やスペースの重要性を甘く見てはいけない。その他にも腐敗した飼料の摂取や車両の排気ガス、粉塵、尿素などの有害レベルの物質にも注意が必要。
運転手は、以下のような事項を把握していることが求められる。
・輸送に適しているかを評価する兆候と条件
・積み込み、閉じ込め、輸送、降ろしに耐える動物の能力とその方法(棒などの使用を含む)
・動物の効果的なモニタリング(何をどのように、どのくらいの頻度でモニタリングするか)
・輸送される種の行動(正常および異常)
・その視野、奥行き知覚、色の知覚、および視覚および聴覚の気を散らすものへの反応
・痛み、暑さ、寒さ、恐怖によるストレスの指標
・痛み、病気、または危篤状態の種特有の兆候
・生理学的特徴(動物のクラスと年齢、高体温/低体温、妊娠中、授乳中など)
・/群れの本能
・刺激に対する反応、驚愕反応(パニックを起こしたり、走ったり、喧嘩など)
・ロットを混合するときに予想される動作
・社会的孤立に対する反応
・他の動物との互換性
・過熱する傾向
・ 降ろすのは難しいか
・拘束と取り扱いの原則
・以前の拘束と取り扱いの影響
・フライトゾーン
・バランスポイント
・動物の種類に応じたスペース要件
・動物に関連する要因(妊娠中、非常に若い、非常に高齢、代謝障害があるなど)
・動物が餌、安全な水、休息なしで過ごすことが予想される時間
・輸送、閉じ込めの予想される時間
・輸送中および目的地での予想される遅延
・予想される気象条件
・輸送中に遭遇する可能性のある、急激な傾斜や急降下、揺れを引き起こす可能性
・コンテナや設備の種類と状態
・緊急時対応計画
本来これだけの知識と訓練をもってして初めて動物の命への責任を背負うことができる。近頃ゆうパックの動物輸送に対し世間がざわついているが、いかに郵便局が動物の命に無責任極まりないのかが心底理解できる。
畜産の各種指針は現在農林水産省が作成中であり、また外部団体の基準であるが、輸送ではアニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の輸送に関する指針があり、国もこれを参照している。ただしこの指針には、当然ながら法的強制力は一切なく、”よければ参考にしてね”程度のものになっている。一方で今回参考にしたカナダの動物輸送ガイダンス)は輸送の規制がある上で作られている。ガイダンスや指針は法律とリンクしていなければ飾りにしかならない。畜産動物にとって、法律や条項の有無は極めて重要だ。
また、内容を見てみても、カナダと日本の情報量の違いに驚くばかりだ。読み比べてみる価値はある。
動物はトラック搬送中に息苦しくなったりします。その動物の気持ちは辛いや、嫌だなどが浮かんできます。でもそんな状況で抜け出せないというのは何だか心がもやもやしてきます。
僕も家畜運搬車(牛)のトミカを持っていますがその家畜運搬車から苦しそうな牛の声が聞こえて来て何だか申し訳ないと言う気持ちになったりしますね。