写真を見てください。この牛は上体を4本のロープで四方からつながれてます。さらに後ろ足はスプリットガードと呼ばれる、足かせで縛られています。いくらなんでもつなぎすぎです!これでは牛は、頭も自由に振れず、前に進むことも後ずさりもできない。完全にその場で、立つか座るかししかできません。
ヨーロッパでは酪農における環境問題が、メディアでクローズアップされますが、日本では酪農家の苦労が、クローズアップされます。日本のメディアで、高齢者や小柄な女性が、牛を育てる大変さが協調される陰で、間違って擁護される傾向にあるのが、この牛の「つなぎ飼い」です。牛をロープなどでつなぐ「つなぎ飼い」はヨーロッパでは廃止されつつありますが、日本ではいまだに70%の農家で通常の飼育方法として行われています。
つなぎ飼い擁護は酪農家支援にならない
戦後の食糧難を子ども期に体験した昭和のベビーブーム世代は、その救世主であった牛乳に、過度な愛着を形成しました。その愛着は家庭内で子孫へ受け継がれてしまい、栄養学が様変わりした現在の日本の世論は、酪農家を無批判に愛護する風潮をひきずっています。
自分は牛乳で大きくなった=酪農家に感謝
という思考から逃れられない牛乳愛飲家が「つないでいても愛情は注いでいる」「体の大きな動物を飼育する農家の苦労を理解しろ」と、どんなにつなぎ牛農家を擁護しても、それは牛という動物の生態とは、別の次元の話です。
つなぎ飼育の牛には、跛行(はこう)、飛節周囲炎(関節炎)などの深刻な病気が多いことがわかっています。フリーストールやフリーバーン、放牧に比べ、糞尿が体にこびりつきやすいつなぎ飼いでは、牛の乳房の汚染からくる食品衛生の問題もあります。他にも妊娠時のトラブルや牛の精神状態にも悪影響を与えるつなぎ飼いなのに、なぜこれほど大多数の農家が行っているかの理由を、ある放牧農家は「日本の牛農家は、牛まかせにできないから」と答えてくれました。
正しい飼育を考えることは、税金の使い道を考えること
日本だけでなくヨーロッパでも酪農家の経営は税金を財源とする補助金によって支援されています。酪農乳業の国際比較研究会2020※において発表された、2021年1月から2月にかけて、名古屋大学准教授竹下広宣氏が日本・イギリス・イタリア・フランス・オランダの5か国の消費者に対し、消費者アンケート調査をした結果によると、ヨーロッパの消費者の多くは、税金は環境と家畜の健康に使われるべきだと答えました。それに対し日本人は、食べ物の安全性と酪農農家の労働軽減に税金が多く使われるべきだと答えたそうです。この日本で、平時に特定の職業に対して、その労働力軽減のために税金を使えというほど国民の共感を得るのは、他の職種には例がありません。世に、その労働に値しない対価しか得られない職種は限りなく存在します。しかしそれに対して、いちいち税金で補助するべきだと考える国民が、日本にどれほどいるでしょう?
ヨーロッパに比べて、酪農の歴史がはるかに短いのにもかかわらず、日本人の特異で特異な、酪農家に対する共感力の高さは「牧歌的なメディアイメージから来ているのではないか」と、竹下助教授は分析します。さらにアニマルライツセンターは、自然回帰願望を農村の人間に頼って実現しようと、現代人が夢見ているのではないかと推察します。また同助教授は、日本人は食品の品質に対する関心が高いが、生産過程、プロセスへの関心が顕著に薄いと指摘します。これは乳牛に限らず、卵や鶏肉、豚肉などにも言えることです。
現代人の農村イメージは時代劇⁈
国民にふわっとした酪農愛護者が多いからといって、酪農家は甘んじてばかりはいられません。同調査では酪農自体への支援の意識は、じつはヨーロッパより日本が低いことがわかりました。牛乳に対する愛着はあっても、酪農をしっかり守ろうという意識はそれほど日本国民にはないのです。ヨーロッパではさかんに酪農と環境というテーマで、わかりやすいテレビ番組が放映され、良い酪農を支援しなければという意識が醸成されるようです。逆に日本はテレビドラマの影響もあって、絵にかいたような弱々しい農業従事者をイメージしやすい傾向にあります。「かわいそうな農家をラクにしてあげたい」このあいまいな同情が、残酷な牛のつなぎ飼いを、いまだに許容する世論を作る元凶のひとつです。しかし実際、牛をつないだからといって、酪農従事者の仕事がラクになることはなく、フリーバーンやフリーストールのほうが労働を軽減できることもわかっています。さらに、働く人の労働を軽減するのは、労働時間の短縮こそが有効であることは、労働科学的に常識なのです。牛を縛るのは関係ないです。
牛はわが子のようだという酪農家がいます。それを真に受けるなら、親は、病気の子どもと健康な子ども、どちらの世話をするのが体力を消耗しにくいでしょうか。牛をつなぐことをやめて、フリーバーン・フリーストールへ移行すれば、より健康な牛を楽しく世話をする働きがいにもつながります。そんなに酷いつなぎ飼いなら、ヨーロッパのように国が禁止すればよいではないかと思われるかもしれません。それはそうなのですが、牛をつなぐ係留具が消耗した際の交換費用にまで、税金を原資とした助成金が使われる現状では、国には正常判断は期待できないのです。いま、消費者がつなぎ飼いにNO!を表明することは、生産者である農業従事者を過労から守り、働きがいある農業をつくることにもつながります。写真の牛のロープを1本でも解くためには、みなさんの力が必要です。
☆牛のつなぎ飼い問題について過去の記事をご参照ください。
〇跛行(はこう)について
https://www.hopeforanimals.org/dairy-cow/milkfromhealthycows/
〇つなぎ飼いによって発症する病気について
https://www.hopeforanimals.org/dairy-cow/390/
〇つなぎ飼いは国際的には廃止の流れであることについて
https://www.hopeforanimals.org/dairy-cow/dairy-cow-tethering/
※酪農乳業の国際比較研究会2020での調査発表
2021年1月から2月にかけて、日本・イギリス・イタリア・フランス・オランダの5か国で実施した消費者調査。各国1030名のサンプル。発表者、名古屋大学大学院准教授竹下広宣氏
(設問) 日本の酪農家の経営が、税金を財源とした補助金を使って支援されている状況について。もし、酪農家が取り組んでいる内容に基づいて支援の優先度をつけることができるとしたら、以下の11種類のうちどれに取り組む酪農家に補助金を与えるべきとおもうか。1温室効果ガス、2水の大気に配慮した施肥、3土壌管理、4水の利用量と排水、5生物多様性、6労働、7アニマルウェルフェア、8廃棄物処理、9新規ビジネス開拓、10農村社会の維持と向上、11品質(結果)
(結論と考察のポイント)ヨーロッパは1温室効果ガス、2水の大気に配慮した施肥、5生物多様性、7アニマルウェルフェア、8廃棄物処を重視し、6労働を軽視している。それに対し、日本は6労働、10農村社会の維持と向上を重視し、5生物多様性、7アニマルウェルフェアを軽視する傾向にある。