2019年7月の参院選広島選挙区の大規模買収事件で、河井克之被告(衆議院議員 元法相 選挙区広島3区)・河井案里被告(参議院議員 選挙区広島県)の審理が、現在行われている。
公選法違反疑惑を受け、河井克之被告が法務大臣を辞任したのが2019年10月31日。その後も疑惑は晴れることがなく、まず両氏の秘書が広島地方検察庁に逮捕。その後克之被告が地方議員へ現金を渡していたことが次々と発覚し、2020年6月18日、東京地方検察庁は公職選挙法違反容疑で河井克之氏・案里氏を逮捕した。両氏が起訴されたのは7月8日。
この6月18日から7月8日の間に検察の捜査の手が及んだ企業がある。
それが、河井被告と同じく広島に地盤をおく、鶏卵業界第2位、「アキタフーズ」だ。アキタフーズは、克行被告が支部長を務めていた自民党広島3区支部に多額の寄付をしていた。克之被告から政治資金パーティーのパー券を多額に購入するために、購入者氏名を偽装していた疑いももたれている。
アキタフーズの広島本社と東京本社に、検察が家宅捜索が入ったのが2020年7月4日。同年8月5日、アキタフーズの代表は辞任した。だがそれでことは収まらず、押収した資料が端緒となり新たな疑惑の展開がはじまった。
それは、アキタフーズ元代表が吉川貴盛元農相へ、吉川氏が農林水産大臣を務めた2018年10月から2019年9月までの間に数度にわたり現金供与したという疑惑だった。アキタフーズの関係者によれば、元代表は河井克行被告の紹介で、吉川氏と知り合ったという。吉川元農相は2020年12月2日、東京地検特捜部の捜査対象となった日に党の役職を辞任し、「不整脈で入院中」となった。
アキタフーズへの疑惑は芋づる式に西川公也元農水相(同氏は2014年9月3日 – 2015年2月23日まで農林水産大臣を務めた)におよび、西川氏は2020年12月8日に菅義偉首相の”相談役”である内閣官房参与を辞任した。理由は「一身上の都合」と報道された。
年が明けて2021年1月、アキタフーズ元代表が、吉川元農相に、農林水産大臣任期中だけでなく、その前後にわたり(2015~20年)1800万円を渡したと供述していることが分かった。また元代表は、西川元農相に対しても2014~20年の7年間で1500万円超を渡したと供述した。
膿があふれて出してまだ止まっていない状態だが、ここで、アキタフーズがこれまで受け取った国庫交付金に焦点を当ててみようと思う。
アキタフーズ元代表は裏金を渡すことで採卵鶏のアニマルウェルフェアの低下をもくろんだり、公庫融資での便宜をたくらんでいた疑惑がもたれているが、同社は自社の鶏卵事業拡大のために多額の国庫交付金を得てもいる。この国庫交付金が裏金の結果だといっているわけではない。ただ裏金疑惑のある鶏卵企業に私たちの税金がどれくらい投入されてきたのかを知ってほしいと思う。
まえもっていっておくが、アキタフーズの卵は「ケージ卵」だ。アーティストのYOSHIKI氏が宣伝する「きよら」もそうだし、「幸せのテーブル四葉のクローバー」「星降る高原の玉子」などの名前で売り出されている卵もケージ卵だ。つまりアキタフーズの鶏卵事業に交付された金は、その非人道性から各国で廃止が進んでいる「ケージ卵」のために使用されるということになる。
写真/広島のスーパー。卵コーナーの約9割をアキタフーズの卵が占める。
補助金種別 | 年度 | 建設内容 | 交付金(円) |
強い農業づくり交付金 (最大で事業費の1/2が補助される) | 2016-2017 | 【2016年度分】 鶏卵処理施設 4592㎡ 洗卵選別包装機1台 電気設備一式 附帯設備一式 | 346,332,000 |
【2017年度分】 | 142,782,000 | ||
2017 | 鶏卵処理施設 建屋1棟 洗卵選別包装機 (殺菌,洗浄)1台 洗卵選別包装機 (殺菌,洗卵 以外)1台 その他機械一式 | 407,324,000 | |
2017-2018 | 【2017年度分】 家畜飼養管理施設(採卵鶏) ウインドレス鶏舎3棟 内部機械一式 電気設備一式 | 293,781,000 | |
【2018年度分】 家畜飼養管理施設(採卵鶏) ウインドレス鶏舎3棟 内部機械一式 電気設備一式 | 221,365,000 | ||
2018-2019 | 【2018年度分】 家畜飼養管理施設(採卵鶏) ○ウインドレス鶏舎2棟 機械設備一式 電気設備一式 ○家畜排せつ物処理施設 機械設備一式 電気設備一式 | 300,799,000 | |
【2019年度分】 家畜飼養管理施設(採卵鶏) ○ウインドレス鶏舎2棟 機械設備一式 電気設備一式 ○家畜排せつ物処理施設 機械設備一式 電気設備一式 | 298,577,000 | ||
合計 | 2,010,960,000 |
*1か年事業と2か年事業がある
20億円を超える膨大な国庫金が費やされていること、5棟のウィンドウレス鶏舎(窓のない鶏舎)も整備されていることが分かる(ケージ鶏舎)。
ついでにいうと、この強い農業づくり交付金制度を利用した、採卵鶏のケージ施設整備事業がもっとも多い都道府県は、広島県だ。同制度を利用した採卵鶏のケージ施設整備は全国で21事業あるが、そのうち11事業が広島県となっている。
(ただし、同じ畜産補助制度である「畜産クラスター」では、採卵鶏のケージ施設整備は全国で65事業、そのうち広島県は1事業となっている。補助金による拘束施設整備について詳細はこちらをご覧いただきたい)
アキタフーズ元代表は「鶏卵業界のためにやった」と言っているという。これまでのニュースを見る限り、確かに自社の利益のためだけに動いているようには見えない。元代表が働きかけていたとされている、採卵鶏のアニマルウェルフェア国際基準をバタリーケージが容認されるレベルの低いものにすることも、「成鶏更新・空舎延長事業」で鶏を1羽殺すたびにもらえる奨励金の額の増額も、鶏卵業に有利な融資も、鶏卵業界全体が望んでいたことだろう。
業界全体がバタリーケージ維持をのぞんでいることは、日本養鶏協会が採卵鶏のアニマルウェルフェア国際基準がバタリーケージを容認するものなるよう、吉川元農水大臣に要望書を出していることからもわかる*。
アキタフーズや養鶏業界の希望通り、採卵鶏のアニマルウェルフェア国際基準はバタリーケージを容認するものとなりつつある。
いまのところ鶏卵業界に、鶏の飼育環境を向上させようという動きは見られない。「環境」といったが、これは適切な表現ではない。今の日本のほとんどの採卵鶏には「環境」と呼べるようなものは与えられていないからだ。一羽当たりに与えられる面積はアイパッド一枚分、四方も床も金網で砂浴び場も止まり木も巣もない。このバタリーケージ飼育の状況を鶏卵業界の人間ならだれでも知っている。2020年7月4日に検察の家宅捜索が入る前日、アキタフーズ元代表は西川元農相や元農水官僚らを自社の豪華クルーザーで接待したが、農水行政に携わった彼らもバタリーケージの何たるかを知っていただろう。だが、業界全体で何とかしようという方向性が示されたことはない。
バタリーケージの鶏は監禁性のストレスで死んでしまうこともある。かれらがクルージングしている間も鶏は苦しんでいた。現金がばらまかれ、業界がバタリーケージ維持を求める間も鶏は苦しんでいた。鶏を苦しめるために、私たちの税金でもある国庫金が裏金疑惑のある企業に20億円も使用された。
日本における採卵鶏の扱いには、倫理のかけらもない。非人道的で拷問と言ってもいい。だがいまのところそれを維持するために農水は動いている。裏金で動いた疑惑も深まっている。日本の農水行政が正しく機能しているとはとてもいえない。
写真/日本のウィンドウレス鶏舎(アキタフーズではない)