研究によると、鶏をバタリーケージからケージフリーの環境に移すことで、動物が苦痛を感じる時間が大幅に短縮されることが示唆されている。一方で、改良型ケージ(エンリッチドケージ)の場合、苦痛を感じる時間の変化がバタリーケージと大きな差がないことが示唆された。
出典: Do better cages or cage-free environments really improve the lives of hens?
著: Hannah Ritchie
世界中には約83億羽の採卵鶏がおり、それは人間とほぼ同じ数である。
これらの鶏のほとんどは、A4コピー紙よりも狭いスペースしか与えられていないケージの中で暮らしている。
多くの場合、卵を産むための巣がなく、休息するスペースもなく、動きがほぼ完全に制限されている。採餌、つつき、砂浴びなどの通常の行動ができないため、雌鶏は自分自身をつついたり、雌鶏同士でつつくことが多く、皮膚に怪我を負ったり羽が抜けたりすることがある。多くの国では、この行動を防ぐために鶏のくちばしを部分的に切断する「デビーク」が行われている。
鶏は生産性が高くなるよう追求され飼育されている。多くの場合、1羽の鶏が産む卵の数は年間約300個である。これは、年間約12個産む現代のニワトリの野生の祖先であるセキショクヤケイとは大きく異なる。そして、1900年当時の鶏が年間約80個の卵を産んでいたのをはるかに上回っている。雌鶏の生産期間はわずか12~18か月である。その後、より高い産卵率で卵を産める若い雌鶏のスペースを作るために殺処分される。集約型養鶏産業には役に立たない雄の雛は、生後間もなく粉砕機にかけ殺処分されることが多い。
これは現在の工業式畜産で飼育されている数十億羽の鶏にとって厳しい現実である。この殺察処分する慣行に対する反対の声が高まっており、世界の一部の地域では政策が変更されている。
下の図では、雌鳥1羽あたりの標準的なバタリーケージのサイズを示し、立つ、向きを変える、身繕いをする、羽ばたくなどの基本的な行動様式に必要な面積を比較している。見てのとおり、バタリーケージは鶏がこれらの基本的な行動を行うには小さすぎる。
アニマルウェルフェアへの懸念に応え、バタリーケージ使用を禁止した国もある。欧州連合は2012年にその使用を禁止した。1
それ以来、生産者は「エンリッチドケージ」へと移行した。 この移行の場合、産卵鶏には1羽あたり少なくとも750cm²のスペースが必要であり、A4用紙624cm²よりもそれほど大きくはない。上の図からわかるように、身繕い、羽ばたきなどの基本的な行動を行うスペースはかなり不足している。これらの規制では、すべての鶏に「巣箱、止まり木、つついたり引っ掻いたりできる敷物、餌槽や給水器への自由なアクセス」を設けることが義務付けられている。
EUは現在、2027年までにあらゆる飼育ケージの使用を禁止する計画を立てている。したがって、多くの鶏は「ケージフリーエイビアリー」または放し飼い(Free Range)システムに移行することになる。これらのシステムは必ずしも同じではない。ほとんどの放し飼い認定では、鶏が屋外エリアにアクセスすることが求められる。これは、ケージフリーエイビアリーには当てはまらないことが多く、ケージフリーエイビアリーではほとんど屋内で飼育される。
これは鶏のウェルフェアにどれ程の違いをもたらすのか?エンリッチドケージはバタリーケージよりもはるかに優れており、「ケージに囲われること無いエイビアリー」は苦痛のない生活を彼らに提供するのだろうか?
本論文では、さまざまな生産システムにおける鶏の推定される苦痛レベルに関する研究とデータを見ていく。
他の動物の苦痛レベルを定量化することは非常に困難である。これは人間の間でも難しいことで、苦痛は主観的なものであり、個人により感じ方が異なるからだ。
他の動物の苦痛を定量化するために、研究者は進化生物学、神経科学、薬理学などのさまざまな分野を利用できる。研究者のWladimir J. AlonsoおよびCynthia Schuck-Paimは、採卵鶏が感じる苦痛や不快感を評価するために使用される分析フレームワークに関する詳細な本を執筆した[無料で入手可能]。2研究組織Welfare Footprintは、本研究に基づいて、以下3つの生産システムで鶏が耐える苦痛の時間を発表した:
本研究では、平均的な雌鶏が産卵期間を通じてさまざまなレベルの苦痛を経験した時間を評価した。3 ここでは、異なるシステムにおける鶏の寿命は同じであると仮定されている。屠殺前の60~80週間(最初の20週間は産卵前段階、その後40~60週間産卵が続く)。4
重要なのは苦痛の合計時間だけではない。強度も同様に、あるいはそれ以上に重要である。我々の多くは、激痛で1時間過ごすよりも、軽い痛みで5時間過ごしたいと思う。
この苦痛は身体的または心理的なものであり、苦痛の4つのレベル(最も強いものから最も弱いものまで)に分類される:
Schuck-PalmおよびAlonsoが推定したこのグラフでは、システム全体で異なる強度で過ごした日数を見ることができる。推定値は、平均的な雌鶏が経験した様々な苦痛や、剥奪のために耐えた痛みの総時間を表している。研究者らは、鶏が目を覚ましている時間とする1日あたり16時間だけを考慮した。したがって、時間を日数に変換する際は、24ではなく16で割っている。つまり、苦痛の中で活動している日数が表示されている。
耐え難い苦痛に費やされる時間には、システム間でほとんど差がない。全てのシステムの中にいる鶏は平均して約3分間これに耐えた。次のセクションで説明するように、この激痛の原因は、輸送時の骨折、急性腹膜炎や肛門部の傷などの敗血症 (全身性感染症) に発展する病気のいずれかであった。5
生産システム | 不快にさせる | 苦痛を与える | 障害を引き起こす | 耐え難い痛み |
バタリーケージ | 420.1 | 253.4 | 27 | 0.003 |
エンリッチドケージ | 383.9 | 197 | 9.7 | 0.003 |
ケージフリー(エイビアリー) | 129.8 | 108.9 | 9.8 | 0.003 |
しかし、ケージフリーの雌鶏では、ケージに入れられた雌鶏と比べ、身体に障害を与える、傷つける、不快にさせる苦痛の量が大幅に減少する。生活に支障をきたすような苦痛は63%、傷つける苦痛は57%、不快にさせる苦痛は70%まで軽減された。
つまり、ケージフリー雌鶏が軽度の不快さを経験する時間が短いというだけではない。鶏が生活に支障をきたすほどの浸透する苦痛レベルが大幅に軽減されることを確認している。
バタリーケージ飼育の鶏を改良型ケージへ移行することでも、苦痛を和らげるのに費やす時間に大きな違いが生じる。しかし、傷つくような苦痛や不快な苦痛の軽減ははるかに少ない。
以下のグラフでは、各生産システムにおける各レベルの苦痛の原因を示している。
ケージ、特にバタリーケージでの飼育における苦痛の最大の原因の1つとして、巣、ねぐらに就く場所 (休息と睡眠のための場所)、餌を食べるスペースなどの基本的な必需性の欠如である。これがケージに囲われた環境とケージフリー環境の最大の違いの1つである。
竜骨骨折も苦痛の主な原因である。卵を産む産業用採卵鶏の骨ははるかに弱く、もろくなっている。この主な説明の1つとして、鶏が1年以上にわたりほぼ毎日1個の卵を産む激しい産卵にはカルシウムが必要であるということだ。6 このカルシウムは鶏の骨格から部分的に取り出されていると考えられ、カルシウム不足で鶏の骨がよりもろくなっている。
驚くべきことに、竜骨骨折のリスクが最も高いのはケージフリー環境にいる鶏であることが示唆されているが、これに異議を唱える最近の研究もある。7 ケージフリー雌鶏の骨折リスクが高いとすれば、鶏が移動したり飛んだりするスペースが広いため、障害物に衝突して怪我につながる可能性が高くなるからかもしれない。ケージに囲われた環境では、鶏が動けるスペースははるかに少なく、高速で衝突する可能性ははるかに低くなる。
これがこの分析の重要なポイントである。ケージフリー環境にいる雌鶏の状況は、ケージに囲われた環境よりも優れているが、依然として生産性が高いように飼育されているため、依然として鶏は依然著しい苦痛や不快感を経験する。このような産卵率は、鶏の健康とウェルフェアが多大な犠牲を払っている。
異なる生産システム間の採卵鶏の苦痛の原因の内訳。出典:WELFARE FOOTPRINT
EUが今後5年間ですべてのケージ飼育を禁止することは、アニマルウェルフェアにとって良いことである。
これまで見てきたように、ケージフリーエイビアリーへの移行により苦痛が大幅に軽減される。これに世界中の雌鶏の数83億羽を掛け合わせると、すべての国が同じことをした場合にウェルフェアへのメリットがどれほど大きなものになるかわかる。
しかし、ケージフリー化により、この苦痛がなくなるわけではない。雌鶏は依然として、1年の3分の1以上を苦痛や不快感の中で過ごすことになる。多くの場合、卵を非常に集約的に生産するという圧力が原因だ。
これは研究からも明らかである。8 Schuck-PaimおよびAlonsoが実行するように苦痛の定量化を試みる研究はほとんどないが、さまざまな生産システムの長所と短所を評価する研究は他にもある。ケージフリーシステムは、鶏が止まる、羽ばたきする、自由に動くなど、鶏が行うことができていない自然かつ基本的な行動を実行できるようにすることで、ウェルフェアを向上させる。しかし、骨折のリスクが高い可能性がある。9 これらのシステムにおける鶏のウェルフェアは、より多様である可能性があり、環境を適切に整える生産者の経験に左右される。
最後に、ケージフリー環境では死亡率が高いことを示唆する研究が多数ある。雌鶏の苦痛のほとんどは産卵中に発生するため、死亡率は必ずしも苦痛のレベルを測る最も直接的な尺度ではないが、それでも考慮すべき重要な指標である。鶏は、ケージフリーの環境では、物との衝突、より攻撃的なつつきや社会的行動、または糞尿や感染症へさらされることにより死亡率が高くなる可能性がある。この問題に関する大規模なメタ分析では、ケージフリーの環境の経験や成熟度が重要であると判明した。経験の浅い生産者では死亡率が高くなる可能性がある。10 しかし、生産者が知識を蓄積するにつれ、死亡率は時間の経過とともに低下する。また、経験豊富なシステムでは、死亡率はケージ飼育よりも高くはならない。
全体として、本研究はケージの環境からケージフリーの環境への移行によりウェルフェアに大きなメリットがあることを示唆している。消費者として、ケージフリーの卵を選択することで動物の苦痛を軽減できる。しかしさらに良いのは、卵を食事から減らす、または完全に排除することである。
本論文に関して貴重なコメントと提案を提供したCynthia Schuck-Paim氏、Max Roser氏、Pablo Rosado氏に感謝する。
Hannah Ritchie (2023) – “Do better cages or cage-free environments really improve the lives of hen?” (改良型ケージまたはケージフリーの環境は本当に鶏の生活を改善するのか?)from OurWorldInData.org [Online Resource]
https://ourworldindata.org/do-better-cages-or-cage-free-environments-really-improve-the-lives-of-hens
翻訳:翻訳ボランティアスタッフ Y. Okamoto