昨年秋から今年の初夏にかけて、これまでになく卵の価格上がったこと、同時に卵が品薄になったことの原因が、鳥インフルエンザであることは、メディアでたびたび報道される通りです。しかしアニマルライツセンターのサイトを読んでくださる方々は、卵の価格はそもそも年間で変動するものだということはご存知だとおもいます。さらにその変動幅を抑えるために、成鶏更新空舎延長事業として、採卵鶏を殺処分してまで価格を安定させているということも、これまでの記事で説明してきました。
卵の価格が上がったといわれますが、じつはこの上がった価格が生産者にとっては、やっと利益が期待できるビジネスとして正常な価格です。
たとえば卵が10個入り1パック200円で販売されている場合、生産者は基本的に赤字経営になります。
200円の内訳として、変化しようのないものとして、飼料代だけで150円、設備費20円、保存容器15円、さらに小売店の儲けが80円あります。これだけで販売価格の200円を超えてしまいます。さらに必要な経費として、人件費、運送費、そして生産者の儲けがありますが、卵の価格を200円にすれば、これらの金額は抑えざるをえません。
つまり卵の価格が200円であることは、生産や輸送にかかわる労働賃金や生産者の利益の低下を、招いている元凶なのです。こうなると生産者は、なんとか薄利多売で少しでも利益を得て、人件費輸送費を捻出しようとします。すると度を越えた生産過剰が常態化して、それが採卵鶏のアニマルウェルフェアの低下させる最大の理由となっています。
あまり指摘されませんが、卵の安売りから起こる第一次産業の低賃金は、今もっとも騒がれている食料自給率向上の足を引っ張っています。自給率を上げるためには耕作地を増やす前に、一次産業にかかわる労働力を増やすことが必須だからです。
もう一つ、卵の価格は農業生産物全体の価格低迷を誘引しています。スーパーで10個200円の卵を買う人は、同じスーパーでは当然のように価格の安い肉や野菜を買い求めようとします。200円の卵があるから、その分他の食品は高くても買うという流れにはなっていません。卵の安さに誘引されて、さらなる低価格品を求めようとする。その結果、店は恒常的に特価品を置くようになります。今の小売店にとって、特価とは何かの理由でそうなっているのではなく、天候や世情に関係なく価格破壊しつづけなければならないスーパーの責務になっています。
しかし、はじめから特価品で売られる作物をつくる生産者はいません。不作のときに特価で売るシステムが、生産者にとっても有用であることは間違いありませんが、今のように生産者の絶え間ない苦しみを、最初から価格に計上して特価設定をするのは、もはや正常なビジネスとはいえません。
では、卵の価格はいくらなら生産者に利益がもたらされ、小売り販売を正常化するのか。そのラインは1パック300円台であると、ある大規模生産者は答えています。仮に1パック330円とすると、この販売価格なら飼料代150円、設備費20円、保存容器15円、小売店の儲けが80円、人件費30円、輸送費20円であっても、生産者は30円の儲けが得られます。そうすればこの儲けの30円を使って、生産者はケージフリーの設備を準備することもできます。
ただし今でこそ、1パック300円台の卵も店頭販売され、購入されていますが、この高騰は徐々におちつきつつあるとの報道があります。とくに2023年7月現在、西日本での卵価格の回復が目覚ましいともいわれます。加工卵の出荷を制限することで、小売卵を減らさない政策もとられているといいます。
一つ希望があります。それが平飼い卵の存在です。平飼い卵はこの卵価格高騰品薄騒ぎの中でも、価格は変わらず流通は途絶えずにきました。それはバタリーケージの卵は市場価格といい、農協が決めているわけですが、平飼い卵は特殊卵なので、生産者が自分たちで売りたい価格に決められるシステムだからです。
だからこそ平飼い卵は、この先ケージ卵の価格が下がっていっても、変動することはありません。であれば、再び赤字経営に追い込まれるバタリーケージ生産者は、どうやって自営すべきか。答えはひとつです。自社の鶏舎を一部からでもよいから、バタリーから平飼いに変えていくことです。物の価値そのものの値段で勝負できる経営幅を、今より増大していくことがリスクヘッジとなります。
残念なことに、卵の価格がふたたび下がっています。このことを安堵のように報道するメディアには、本質が見えていないのでしょう。
フードシステムの研究者鬼頭弥生氏※によると、消費者がその商品を買うかどうか決めるときの心理には、内的参照価格と外的参照価格の照合があるそうです。簡単に説明すると、内的参照価格とは記憶の中にある価格、外的参照価格とは、たとえばポップに書かれた値引き前のその商品の価格や、それ以外の商品の価格です。内的価格と外的価格が近づいていると、消費者は購買する行動をとるし、二つの価格に開きがあると買わないことが多い。
それでいうと今や、スーパーに並ぶほとんどの商品が値上がりしているので、卵にとっての外的価格は上がっている。さらに卵自体の直近の価格が上がっているから、卵の購買行動にとって内的外的すべての要因が、価格上昇の傾向を消費者が受け入れやすくなる働きを担っています。だからこそ、値上がりしても卵は売れていくし、高いといわれる平飼い卵の売れ行きが、いま好調なのです。それなのになぜこの動きを止めようとするのか。
卵の価格を元に戻そうとする動きは、少なくとも生産者にはメリットはありません。安すぎる卵の価格は他の商品に影響し、ひいてはあらゆる産業の価格破壊を誘引します。卵のパッケージひとつとってみても、そこには様々な食品以外にまで波及するサプライチェーンが存在するからです。
最後に卵の価格を下げてはならないもう一つの理由があります。よく「地産地消」という言葉が、食品産業の標語のように連呼されます。スーパーから生協から地方ホテルに至るまで、地産地消で仕入れていれば、SDGs達成であるかのような広告を見ます。ではもう一度、卵の価格設定表を見てください。
物理的には地産地消とは、おおむね輸送距離を短くしようとする社会課題ですが、価格の話でいうと、輸送費をどうするかということになります。価格設定表を見ればわかるが、卵の輸送費を減らそうとすれば、卵は1パック300円台でなければ不可能なのです。いつでも1パック300円台なのが平飼い卵です。それではじめて、では輸送を短くしようとか、自社便でどうかという話になる。しかしそれ以下の価格で仕入れたバタリーケージ卵の場合、人件費、輸送費、生産者儲けのどこかを、不自然に削減しています。労働者や生産者を泣かせているのです。これがSDGsにかなう仕入れでしょうか。
地産地消というマジックワードにごまかされないでください。ウチは地産地消のために、平飼い以外の卵をあえて仕入れているという企業があれば、その地産地消には歪みがあることを見抜いてください。そして平飼い卵の取り扱いを広げることが、一次産業の正常化につながることを、消費者や企業の立場から、それぞれのフィールドにひろめてください。
※鬼頭弥生『消費者の食品選択時行動と市場』2018
2021年、卵相場高騰の本当の理由。高騰は業界の意図通りだった| 畜産動物たちに希望を Hope For Animals|鶏、豚、牛などのアニマルウェルフェア、ヴィーガンの情報サイト