鳥インフルエンザによる卵の供給不安定、さらに世界的な飼料高騰の影響から、日本国内での卵の価格の高騰が続いています。
しかし高騰しているといっても、10個入り1パック340円程度であれば、その卵は生産者と小売店双方に平等に利益をもたらします。卵1パックにつき最低でも180円程度が原価なので、それ以下の価格であれば、サプライチェーン上の誰かを困らせ泣かせている価格であって、健全な価格とは言えません。小売店は卵1パックにつきかならず80円程度の利益を得ますから、卵は260円以上でなければ、生産者に利益が残らなくなります。
しかしちまたには、特価品として卵を驚くほどの低価格で販売する小売店があります。そういった店舗は一様に、企業努力により卵の価格を抑えて消費者の暮らしを改善するのだと宣伝しますが、はたして本当でしょうか。
食品の価格が社会に与える影響をはかるときに、「価格弾力性※」という経済学の目安があります。弾力性とは価格が上がったときに、その商品の消費がどうなるかを数値で計算した値であらわします。平易に説明すると価格弾力性は1(絶対値)より大きい値だと、弾力性が高い=価格が上がると消費が減る商品ということになります。逆に弾力性が1より低いと、弾力性が低い=価格が上がっても消費が変わらない商品です。
食糧の価格弾力性と所得弾力性(2000~2019)
表を見ると畜産物では牛乳はたしかに価格弾力性が高い=価格が上がると消費が減る商品と言えますが、卵は弾力性が低い=価格が上がっても消費が減らない商品なのです。つまりそもそも卵の消費に価格は全く影響しない、卵を安くしたとしても、生産者の利益は増えるわけではない。それなのに卵の価格を下げるアピールをする小売店は、小売店同士の売り上げ競争に卵を利用しているにほかなりません。
ちなみに所得の増減と消費との関係を調べるときには「所得弾力性」を見るとわかりやすいのですが、それに関しても卵はとくべつ所得弾力性が高い=所得が低いと消費しにくい商品ではありません。
卵の価格については、「物価の優等性」という妄言があります。実際に、驚くことに卵の価格は、昭和25年にキロあたり年平均212円だったものが、令和4年が215円、貨幣価値の変化を考慮すると、昭和45年の194あたりから、キロあたり200円前後から300円の間におさまり変動していません(数字は鶏鳴新聞社作成資料による)このように卵の価格を長期にわたり安定させてきた背景には、採卵鶏を鶏舎ごと殺処分する成鶏更新空舎延長事業という、国策としての生産調整があります。この事業には多額の国民の税金が投入されていますが、その事実を国民はほとんど知りません。
しかし卵はそもそも価格が上がっても、所得が下がっても消費には影響しにくい商品なので、少なくとも生産者保護のためには価格を低く安定させるメリットはありません。つまり成鶏更新空舎延長事業という採卵鶏の生命を棄損する生産調整には生産者保護の意味はないのです。
では、消費者にとってはどうでしょうか。
昨今の卵価格高騰の際にメディアでは、悲鳴を上げる消費者がことさらに取りざたされました。しかし実際にはこのコロナ禍を通じて、通常1パック400円程度の平飼い卵の需要は、大幅に伸びてきました。コロナ期という健康の不安を抱えがちな日々に何か体に良いものを食生活に取り入れようとするとき、多くの消費者にとって、1個5円程度の価格差で入手できる平飼い卵は、手を伸ばしやすい「良品」だったことがわかります。
それなのに原価割れした「特売」卵で、卵の適正価格の誤認識を誘発することは、本当に必要なものを購入したい消費行動に差し支えて、消費者の購買行動の自由を妨げます。本来日本人は「自分にご褒美」的消費が好きな国民ですが、自由で闊達な消費行動を抑制することは、生活の質を下げ、個人の幸福感にも影響します。日本人の幸福度の低さが先進国のなかで目立つことはよくいわれることです。
さらに小売店同士が卵の特売で競い合うと、消費者は少しでも安い店で買うために遠出したり、買い物の回数を増やすようになります。日本人の買い物頻度が欧米より高いことが、経済学ではよく指摘されますが、これは欧米に比べ日本には圧倒的に専業主婦が多いから起こりうる現象と言われています。
食料品購買頻度の日米比較
日本人の食費(外食含む)4人家族平均年間105万円程度(総務省2020年)なのですが、年間ひとりあたり338個(2022年)卵を消費している日本人が、卵を食べないというならともかく、どんなに安く卵を買っても、年間1万~1.5万円程度しか節約できません。これを実現するには相当神経質に店を変えて、安い卵を購入し続ける必要があります。その家事労働は節約した金額に値するでしょうか。つまり、消費者を特価卵をエサに、遠くまで何度も引っ張り出すことは、主婦(主夫)の労働生産性を下げ、家事労働の価値の過小評価を招く恐れがあります。つまり卵の特売は日本の社会構造が良い方向に変わることを、つまらないことで根深く阻止するブレーキとなっているのです。
卵の特売は小売店の低価格競争に悪用され、生産者は泣かされ、消費者は踊らされているだけです。卵の特売をする小売店は企業努力といいますが、実質的には利益率の高い商品で採算を合わせています。たとえばスーパーマーケットにおいて利益率が高いのは「惣菜」であり、ドラッグストアにおいては「医薬品」です。卵が安い分、惣菜や医薬品で小売店は利益を回収しています。惣菜を多く購入するのは誰でしょうか?忙しく働く女性にとって、惣菜ほど便利な商品はありません。医薬品を多く購入するのは誰でしょうか。高齢者や病気の人、さらに忙しくて病院に行かれない人などです。卵の特売のツケを、結局は社会で忙しく働く人、女性、高齢者、社会的弱者が身を削って支払っているのです。
そもそも卵や肉、魚、野菜など生鮮食品は、価格に変動があるものなのです。食品消費において、生鮮食品の価格変動を吸収してなお安定できる家計を実現するために、社会が制度的に家計を守っていくことが政治であるはずです。その任を卵の価格に背負わせること、すなわち採卵鶏の生命の尊厳で調整しようとすることは間違っているし、家計と社会を脆弱にします。日本家庭の家計が適正価格の卵が買えない状況なら、なんとかすべきは卵の価格ではなく、家計経済そのもののはずです。
以上の説明は卵の特売が生産者にも消費者にもなんのメリットもないどころか、「百害あって一利なし」である一例にすぎません。アニマルライツセンターは今後も卵の特価に異議を申し立てていきます。畜産動物を思いやるみなさんもどうぞ力を貸してください。
※価格弾力性…ある商品の価格が1割高くなると需要が1割減る