このところの物価上昇が、日本の産業や国民生活に与える影響が懸念されていますが、畜産物も例外ではありません。もともと農産物が気候変動の影響を受けていたところへ、コロナ禍による人手不足、生産工場の閉鎖、さらには極端な円安、そしてこの3月に勃発したウクライナ侵攻が未だに長引いていることが、事態をとてつもなく悪化させているのです。この状況下での国民の家計と意識を分析した調査※が、東京大学大学院経済学研究科渡辺研究室によって発表されました。調査は日本を含むアメリカ欧州5か国で行われ、その比較からは意外な結果がわかりました。
調査によると日本国民は、向こう1年の見通しとして、賃金は上がらず、物価はかなり上がるだろうと予測しています。しかし馴染みの店でいつも買う商品の価格10%上昇しても、いままでと同じ店で買うと回答する人、つまり値上げを受け入れる人が過半数を超えていました。これは他店に移ると回答した人が過半数だった前年からはガラリと大きく変化しています。
この結果を他国と比較すると、日本人の購買意識が、価格重視の従来日本型から価値重視の欧米型へ、変容しつつあることがわかります。この変化がこのコロナ禍に起きたことは、まさに驚くべきことです。
このような意識の背景には、コロナ需要ともいわれる「出かけられない分、家で少し贅沢する」風潮から、コロナ前には手が出なかった高級品への購買意欲が促進したことが挙げられます。一度良いものを手にすると、そうそう簡単には質を落とせない心理もあるでしょうし、本当に良いものを知ることで、価値観自体が変わったとも言えるかもしれません。
コロナ禍で需要が増え、供給も促進された商品の一つが平飼い卵です。コロナ禍の2年間、表立ったケージフリー運動ができない時期もありましたが、スーパーに行くと、平飼い卵の取り扱いがだんだんと増えていることに気が付いた方も多いでしょう。実際にこのコロナ禍に今まで取り扱いのなかったスーパーに平飼い卵が置かれるようになり、今まで平飼い6個入りパックだったのが10個入りになる、扱う種類が増える、PB商品が開発されるなど、とくにスーパーマーケットでの取り扱い量は、間違いなく増加しています。
平飼い卵の価格は少し高いのですが、それでもおそらく免疫力が話題になったこのコロナ禍に、体に良いものを食生活に取り入れる人が増えたことや、恐ろしい感染症が蔓延する環境を改善するため、バタリーケージの卵を避ける意識が成長していることが原因と思われます。さらには、コロナの影響で人手不足となったスーパー業界は、無人レジなどイノベーションが顕著で、それまで人が経験則で行ってきた発注作業なども、AI導入により自動で行われるようになりました。とくに販売期間の短い日配品(卵など)の発注にはAIがおおいに役立つそうです。つまり買う人が増えれば、それだけ必ず取り扱いが増えるのが今のスーパー業界なのです。平飼い取り扱い増加は、一時期の流行などではないことがわかります。
もちろん、物の価格が上がるのに収入が上がらないままでは生活が破綻しますから、国民全体の賃金収入を上げる必要はあります。この賃金を上げるために必要なのは、現在安すぎる商品価格を適正に是正することです。一つひとつの原材料の適正な価値をあわせた金額よりも販売価格が安い今の状態では、いつまでたってもまともな人件費が出ないことに、国民は気づくべきです。
一方で、ケージフリー移行に際し、食品企業が抱く懸念の一番は、やはり価格の問題です。実際にはここ数か月で、再値上げまで行う企業も多々あるのですが、それでもケージフリーに移行した際の差額を価格転化することには強い抵抗があるようです。しかしその企業にとって卵がどうしても必須な原料なら、適正に生産された卵を、適正な仕入れ値で購入し、適正な価格の商品として販売することが、最も持続的な選択のはずです。バタリーケージによる生産体制は、汚職犯罪が発生したり、大手なのに倒産する企業がでるなど、どう考えても持続的とは言い難い現状なのに、この流れに依存することは企業にとってリスク以外の何物でもありません。ESG時代のはるか以前から安心安全の礎を築いてきた日本の食品企業は、そのうえアニマルウェルフェアという企業倫理に取り組む際には、その価値に値する値段で販売することを恐れないでほしい。その勇気を後押ししてくれる今回の調査結果だと思います。
※「5か国の家計を対象としたインフレ予想調査」(2022年5月実施分)の結果
渡辺努 東京大学大学院経済学研究科経済理論専攻
JSPS「対話型中央銀行制度の設計」研究代表者 https://sites.google.com/site/twatanabelab/