2018年度、卵の供給オーバーで価格が下がり成鶏更新・空舎延長事業が発動され、数百万羽の採卵鶏が屠殺された(詳細はコチラ)。過去10年で最低水準に落ち込むほど卵の価格は低迷し、生産量は過剰になっているという*1。
余った卵はどうなるのだろうかと思っていたら、4月号の日鶏協ニュース*2に「日本の卵が台湾の残留農薬基準値をオーバー」というタイトルで次のような掲載があった。
2 月に日本から輸出した鶏卵が、台湾が実施した残留農薬検査で基準値をオーバーしたために輸入差し止めとなりました。
問題となった農薬はスピノサドで、日本でワクモ駆除剤に使用されています。検出値は 0.14ppm で、日本の基準値 0.5ppm はクリアしていますが、輸出相手国の残留農薬基準(台湾 0.05、香港 0.01)はクリアできません。
おそらく余った卵の行き場所として台湾へ輸出したものと思われる。
この記事を読んでまず驚いたのは、ワクモ駆除のスピノサドの残留基準値が日本が台湾の10倍も緩いということだ。「生で食べられるほど日本の卵は安全」という話を耳にするが、こういう数値を目にすると首をかしげざるをえない。
日本は残留農薬基準値が緩いのではという議論がしばしば行われているが、ここではその議論は置いといて、高温多湿となるこの時期(梅雨)から特に積極的に活動をはじめるワクモに焦点をあてたいと思う。
ワクモは鶏に寄生して吸血を行うダニの一種で、飼養環境の変化などに伴い近年になり生息域が拡大し、全国に浸潤(寄生)しているといわれている。
卵養鶏におけるワクモの湿潤率については複数の調査が行われており、2007年に437の卵養鶏場を対象とした調査では、採卵養鶏農場で 85.2%、採卵育成養鶏農場で55.1%、採卵種鶏農場では 56.3% *3。また2009年に616の卵養鶏場を対象とした調査では60%(採卵・育成・種鶏合わせて)*4という結果が出ている。
長崎県では67.6%の採卵養鶏場でワクモの浸潤が確認され,23.5%の農場では重度汚染が認められたという報告もある(2014年報告。調査戸数34戸*5)大阪では養鶏農家24戸を対象とした調査(採卵か肉用かの区別不明)でじつに90%*6のワクモ湿潤というものもある。
他にもさまざまな報告があるが、これらを読むかぎり、少なくとも半分以上の採卵養鶏がワクモに湿潤されていると言えるように思う。いや、それ以上かもしれない。ワクモ対策に多くの薬剤が投入された結果、近年薬剤耐性を持つワクモが出現しているからだ*7。
ワクモコロニー(ワクモの集団)
*赤で囲った、黒っぽく点在しているところがワクモコロニーである
動画をみると黒っぽいところにワクモが固まっていることがわかる。
ワクモの動きを制御する珪藻土やシリカの塗布などが併用されることもあるが、基本は薬剤散布だ。
台湾で問題となった農薬スピノサド(製品名「エコノサド」)の他にも、ネグホンやボルホ、ETB、バリゾン、ゴッシュなどさまざまな薬剤がワクモ駆除に使用されている。
単剤では100%の致死効果が得られなかったり、同一薬剤の長期連続使用は薬剤耐性につながるという理由で、一つの農場で複数の薬剤が使用される。しかし完璧にワクモを駆除することは簡単ではない。
薬剤散布で一時的に減ったように見えても、ワクモは鶏舎のあちこちにある隙間に潜んでおり、また出てきて大量発生する。無吸血でも9か月生存できることや、産まれて9日で産卵を開始することも考えると、鶏舎の完全な清浄化は、ほとんど不可能だと言ってもいいのではないだろうか。ワクモは鶏舎の中だけの問題ではなく、外部から農場に入ってくることもできるのだ。
ワクモは、ヒト、鶏や車輌の他、運搬カゴや卵の運搬用コンテナなど様々な物品とともに農場から農場へと移動する。また、野鳥もワクモを運ぶ可能性が指摘されている。さらにネズミ、ハエなどによっても移動する。
一度農場内に定着すると、完全に駆除することが極めて困難となる。このため、農場内にワクモを侵入させないことが最も重要である。
(平成23年 日本養鶏協会 卵用種ワクモ対策マニュアル*4より引用)
薬剤は月に一回程度散布され、鶏にも容赦なく降りかかる。びしょ濡れになり弱る鶏もいる。
ワクモに汚染されると、ワクモが潰れて血が付くことなどによる汚卵の発生、産卵率の低下、鶏の死亡により養鶏農家は被害をこうむる。しかし最大の被害者は鶏だ。
吸血された鶏は、かゆみ、吸血された部分の脱羽、かゆみを伴う皮膚炎、貧血、ストレスで苦しむ。貧血で死んでしまうこともある。ワクモ一匹当たりの吸血量は極微量だが、重度に汚染された農場では小さな鶏の体を何百、何千匹ものワクモが毎日吸血するからだ。
ワクモは体温のより高い鶏に集中することもあり、吸血される鶏の苦痛は想像に絶する。
特に日本はほぼ100%の鶏がケージ飼育されている。
ケージではワクモから逃れるために場所を移動することもできないし、砂浴びをすることもできない。本来なら鶏は砂浴びをすることで皮膚や羽毛についたダニやワクモなどの寄生虫や汚れを落とし、体と羽毛を清潔に保つのだ。しかし逃げるという選択も、砂浴びをするという選択も鶏には許されていない。ワクモに汚染されたケージ農場に収容されている鶏は悲惨の一言につきる。
平飼いなら鶏はワクモに吸血されないというわけではない。平飼いでもワクモが発生するのは同じだ。2009年に616農場を調査した結果、ワクモの発現率は開放鶏舎、セミウインドウレス、平飼い、ウインドウレスの順で高頻度に認められたという*4。
しかしケージの中で拘束されワクモの吸血にじっと耐えるしかないのと、ワクモから逃れて吸血を軽減する選択を鶏自らができるのとでは大違いだ。
ワクモに吸血されると貧血になり、写真のように鶏冠が白くなる。重度になると死んでしまう。
卵を産んでいるのは鶏という動物だ。感情を持つ動物がどのような状況で飼育されているのか、あらゆる観点で考えてみる必要がある。
鶏を苦しめるものとしてワクモだけでなくケージ飼育、砂浴び場・止まり木・巣の未設置、過密飼育、くちばしの切断、強制換羽、弱った時の淘汰方法、出荷時の乱暴な扱い、輸送時のストレス、屠殺場での長時間放置、スタニングなしでの屠殺、産まれたばかりのオスの殺処分などあげればきりがない。
卵を食べるならそれらすべてを動物福祉の観点から評価し、より苦痛の少ないものを選ぶべきだ。しかしどんな福祉的な飼育であっても、結局のところ経済動物としての扱いであり、鶏から利益が産みだせなくなった時に殺されることに変わりはない。
最良の選択「卵を食べない」ということも検討してみてほしい。
*1 2019.5.4日本農業新聞”鶏卵価格 過去10年で最低水準 供給過多、低迷長期化も”
*2 https://www.jpa.or.jp/news/general/nikkei/2019/20190402_01.pdf
*3 2007.9鶏病研究会報 ワクモ (Dermαnyssusgallinae)の問題と対策の試み
*4 平成23年 日本養鶏協会 卵用種ワクモ対策マニュアル
*5 鶏病研究会報 50(1), 14-21, 2014-05長崎県の採卵養鶏場におけるワクモ被害の現状と感受性殺虫剤による対策効果
*6 大阪府家畜保健衛生所 府内養鶏農家におけるワクモの浸潤状況と対策
*7 国内の養鶏場におけるワクモ Dermanyssus gallinae の市販殺虫剤に対する抵抗性出現 千葉県畜産総合研究センター (2015 年 1 月 27 日受付・2015 年 4 月 30 日受理)
参照
2008年286号大分家畜保健衛生所他 家保通信
2013年315号大分家畜保健衛生所他 家保通信
ワクモの駆除 新規剤エコノサド 日本イーライリリー株式会社他