吉川元農林水産大臣が、鶏卵生産大手「アキタフーズ」(広島県福山市)の元代表から現金500万円を秘密裏に受け取っていたという鶏卵業界裏金疑惑の報道に、このような内容があった。
AWについてのOIEの国際基準案に対する農水省の反論も、価格差補填事業の大規模生産者に対する支援拡充も、「既定路線で、政治家の働きかけは必要なかったのではないか」とする声も聞かれる。ー2020/12/7 産経新聞ー
本当にそうなのだろうか。確かに農林水産省は世界スタンダードのアニマルウェルフェアには及び腰だし、我々NGOから見ると、政府と業界団体はとても仲良しに見える。だが、OIEへのコメントは科学的、エビデンスベースとするOIEの姿勢を一定の割合で尊重してきているように見えていた。それを逸脱したのはやはり2018年以降、裏金が渡ったと思われる時期からである。
日本が提出したコメントから紐解いてみたい。
■1次案:2017年9月にOIEから新章案として「第 7.Z 章 アニマルウェルフェアと採卵鶏生産システム」が初めて出された。
これは推奨などもなく低いアニマルウェルフェアであった。
■1次案への日本コメント:2017年12月11日のOIE連絡協議会を経て、2018年1月に日本からOIEに対してコメントが出された。日本はこのときアニマルウェルフェアについて科学的根拠のある追加案と、あとは文章の整合性をとる内容を提出している。なお、このときのOIE連絡協議会では、アニマルウェルフェアを上げるための意見も、下げるための意見も両方出されている(この低いレベルでも委員からは日本ではままならないと意見されている)が、日本政府はどちらも科学的根拠がなかったためか採用していないように見える。
追加されたコメント「有害な羽つつき及び共食いが発生すると、他の個体に伝播す る[Newberry, 2004]」などは、まさにアニマルウェルフェアによってエンリッチメントを行うことで解決される課題である。とはいえ、日本は”だから単独で閉じ込めろ”と言いたかったのかもしれないが、それはアニマルウェルフェアではない。ケージの中でのつつきあいはとてもひどく逃げ場もなく悲惨であるし、また羽つつきはアニマルウェルフェアの有意な指標になりうる。
「糞との接触により肢の損傷・炎症のリスクも高 くなる [Taylor と Hurnik 1994;Abrahamsson and Tauson 1995;Tauson ら 1999;Tauson2002;Blokhuisら2007;Shimmuraら2010]。」これにも私達は同意であり、だからこそ鶏たちはきれいでサラサラの敷料が必要だし、なんと言ってもとまり木が必要である。
■2018年6月の日本からOIEへのコメント提出時には、採卵鶏のアニマルウェルフェアについては議題がなかったためコメントしていない。これは通常のことである。案が新たに示されなければコメントは出されない。
■2次案:2018年9月にOIEから2次案が出された。
この案では、砂浴びとついばみの区域の設置は「推奨事項」に引き上げられ、巣箱(営巣)ととまり木は「必須事項」に引き上げられた。
■2次案への日本コメント:2018年12月19日のOIE連絡協議会を経て、2019年1月に日本からOIEに対してコメントが出された。報道などによると、この時期に現金授受があったとされる時期だ。
OIE連絡協議会には養鶏協会からの推薦を受けて*1アキタフーズの副社長(当時)秋田正吾氏と、アキタフーズのお隣岡山県の養鶏業者坂本産業社長、採卵養鶏場のコンサルティング会社株式会社ピーピーキューシー専務取締役が臨時委員として加わった。これまでの豚などのコード検討時にはなかったことだ。「育種改良により止まり木に止まらない鶏になっている」などという世界中から笑われてしまいそうな持論をこの場で述べてしまう秋田氏がアニマルウェルフェアのコードに携わるなどあっていいようには思えないし、そのようにアニマルウェルフェアを謝って認識している人が養鶏協会を代表してきたというところに絶望感を感じる。
そうはいっても、もともとの委員には消費者団体もはいっており、アニマルウェルフェアをより高めるべきである、砂浴びも必須とすべきであると意見が出されている。
それでも日本政府が出した18ページにも渡るコメントは、アニマルウェルフェアを下げるために必死なものだった。繰り返しのコメントが目立つ。
■2019年6月、日本はOIEに再び念押しのコメントを出している。
前回の豚のアニマルウェルフェアのコードのときには新たな案が示されなかったときはコメントは出していない。当然のことのように思うが、なかった行動である。12月7日の野党合同ヒアリングでこのことを農林水産省は「OIEからしばらく音沙汰がなかったから、念の為同じような意見を」出したと述べたが、非常に謎な言い分である。OIEは通常通り2019年2月にコード委員会を開き、2019年6月に再度アドホックグループでの検討を行っていて、しかもそのことを日本は把握していてOIE連絡協議会でちゃんと説明しているからだ。
つまりこのコメントは、明確に、不自然、かつ、執拗なダメ押しである。
その意見内容は、1月のコメントと同じとは言えない。具体的な内容は省き、経済、政治的な側面を考えて注意深く検討せよとの内容のみに限定して繰り返した。
■3次案:2019年9月にOIEから3次案が出された。
この案では、砂浴び、ついばみのエリア、営巣区域ととまり木が「推奨事項」に落とされ、また日本のコメントが反映され「採卵若雌鶏及び採卵鶏の良好なウェルフェアの成果は、さまざまな舎飼システムによって達成されうる。」というまるでバタリーケージでアニマルウェルフェアが達成できるような文言がなんの科学的根拠もなく加わった。これは政治的要素を加味して妥協された点であったと言える。
■3次案への日本コメント:2019年12月18日のOIE連絡協議会を経て、2020年1月に日本からOIEに対してコメントが出された。
アニマルライツセンターはこの記事で日本のコメントの謎について記している。本当に疑問だったのだ・・・再掲すると日本の意見はこうだ。
「日本政府はやりすぎた。」これが当時の私達NGOの感想である。
採卵鶏だけでなく、豚や肉用鶏も含めてその現状とアニマルウェルフェアを日々追い続けている私達としては、日本の執拗な採卵鶏に関するコメントには違和感を感じていた。OIE連絡協議会はもはや機能しているとは言えない。結局いろいろなステークホルダーが参加していても、日本コメントは業界に都合の良い意見だけを科学的根拠がなくても強硬に主張しているからだ。もし公の場以外で議論がされていて、それでも妥当だというのであればどのような意見が誰から出されて日本コメントが作られたのか明らかにして欲しいと思う。
世界は着実にケージフリーに向かっている。世界のケージフリーは年々躍進し、特に日本が頼りにしていると思われるアメリカ(コメントにも日本の仲間と言わんばかりに米国米国と出てくる)も2020年3月時点でケージフリー卵の割合はぐっとふえて23.6%になっている。2026年までには64%の卵がケージフリーになる予測だ*5。過半数以上の養鶏場が5年以内にケージ飼育をやめる社会は、もはや低いアニマルウェルフェアを支援する理由はない。
日本には運の悪いことに、新型コロナウイルスの影響で東京五輪が1年延期になった。ロンドン大会の調達基準では放牧だった卵、リオ大会でケージフリーだった卵だが、東京大会では飼育形態にはなんの基準もない。1年遅くなるごとに、バタリーケージの卵を提供したということのマイナスイメージは強くなる。
現在でもイメージが悪いのに、国際基準を裏金で下げたともなれば、さらに日本の畜産物の評判は落ちるだろう。日本の畜産物の評判はどうでもいいのだが、残念ながらそれはイコール、日本に生まれてしまった鶏はもうずっと悲惨で苦しみ続けるということだ。許される問題ではない。
なお、2018年のOIE連絡協議会で日本政府は「OIE コードに強制力はないが、策定されれば、それを踏まえ(公社)畜産技術協会が「アニマルウェルフェアに対応した飼養管理指針」を改定し、それを基に普及・指導していく。」と述べている。しかし、日本の消費者には大変残念なことに、そして日本のケージに固執する業者には大変喜ばしいと思っているだろうが、畜産技術協会はアニマルウェルフェアを下げることに誰よりも躍起になっている立場であり、そのためこの指針はOIEのコードを骨抜きにし、ぐにゃぐにゃを通り越して水のようにサラサラ、空気のように軽く見事に書き変えられている。グローバルで勝負しなくてはならない企業、投資を得なくてはならない企業にとってはこれは致命的だ。日本の指針を守っても、国際社会では全く通用せず、評価も投資も一切得られない。
アニマルウェルフェアに取り組みたい向上心のある畜産業者、アニマルウェルフェアを高めた畜産物を調達したい企業、そして動物を苦しめた畜産物を食べたくない消費者は、政府がおすすめしてくる指針を参考にしてはならないのである。(この指針も税金で作られているんですけどね・・・)
*1 20201207 第1回 養鶏業者裏献金疑惑 野党合同ヒアリングでの農林水産省の発言より
*2 Wilson S, Hughes BO, Appleby MC, and Smith SF. 1993. EFFECTS OF PERCHES ON TRABECULAR BONE VOLUME IN LAYING HENS. Research in Veterinary Science 54(2):207. Hughes BO, Wilson S, Appleby MC, and Smith SF. 1993. COMPARISON OF BONE VOLUME AND STRENGTH AS MEASURES OF SKELETAL INTEGRITY IN CAGED LAYING HENS WITH ACCESS TO PERCHES. Research in Veterinary Science 54(2):202. Duncan ET, Appleby MC, and Hughes BO. 1992. EFFECT OF PERCHES IN LAYING CAGES ON WELFARE AND PRODUCTION OF HENS. British Poultry Science 33(1):25.
*3 Anna Shipov A, Sharir A, Zelzer E, Milgram J, Monsonego-Ornan E, and Shahar R. 2010. THE INFLUENCE OF SEVERE PROLONGED EXERCISE RESTRICTION ON THE MECHANICAL AND STRUCTURAL PROPERTIES OF BONE IN AN AVIAN MODEL. The Veterinary Journal 183:153-60.
*4 Poultry Science Volume 99, Issue 9, September 2020, Pages 4183-4194 Health and Disease Explanations for keel bone fractures in laying hens: are there explanations in addition to elevated egg production? Michael J. Toscano Ian C. Dunn Jens et al.
*5 https://unitedegg.com/facts-stats/