近年、畜産業界への風当たりが強まってきている。
昔のように、ごく少数の畜産動物を裏庭で飼い、ごくわずかの価格の高い畜産物を買って食べる、という形態ならそんなに問題はなかっただろう。だが今は違う。ごく一部の農場を除き、近代では畜舎は工場と化しており、そこから垂れ流される問題は看過できないものになっている。
畜産業から出る温室効果ガスは地球に影響を及ぼす重大事項と認識されているし、畜舎で使用される大量の抗生剤は耐性菌の最大の供給源とみなされている。多くの人々が既に肉の食べすぎで、健康に重大な損害を与え、巨額の医療費を負担している。
そしていうまでもないが、畜産業の成立条件は「動物からの搾取」にある。少しのコストで多くの利益を得るために、動物たちは狭い畜舎に押し込められ、バタリーケージや妊娠ストールに拘束され、暴力的な扱いで最後には殺されている。
こういった畜産業がもつリスクを避けようと台頭してきたのが、肉などの動物性食品を食べるのを減らそうという動きだ。これらの動きは巨大なマーケットをもつ畜産業界からしたらまだ小さなものだが、その成長は異様に早い。2040年には「肉」市場における培養肉※・代替肉の占める割合は60%になり、現在の畜産由来の肉は実に40%にまで低下するだろうといわれている*1。危機感を感じた畜産業界は、この動きを抑止しようと必死になっている。
※「培養肉」は肉は肉でも、畜産という過程を伴わず研究室内で肉を培養する生産方法。詳細はコチラ。
畜産業界は自分たちの利益が脅かされる出来事に敏感に反応し、叩く。
2016年、「米国人のための食生活ガイドライン」が改訂される時、「健康・環境・食糧安全保障いずれの観点からも肉の消費を下げるべき」という強力な科学的証拠が諮問委員会により提示されていた。そして諮問委員会の勧告を21,000のパブリックコメント、700の医療従事者や市長たちが支持した。にもかかわらず食肉業界は強い圧力をかけて食肉の推奨摂取量を据え置きにさせることに成功している*2。
2016年8月3日には、英国食品基準局のあるツイートにかみついた。「#ミートフリーウィークです-肉の量を減らして、良い気分。–あなたも挑戦してみる?」このツイートを見た食肉業界は卒倒し、6つもの農業労働組合と食肉取引協会が、英国首相に書簡を送り、政府機関の撤退を要求し、ツイートをひっこめさせた*3。
2020年7月25日に国連が発した「食肉業界は、世界最大の石油会社よりも多くの温室効果ガス排出に責任があります。食肉生産は水資源の枯渇の一因となり、森林破壊を促進します。今すぐ肉を減らそう」というツイートにも過剰に反応し、それを削除させることに「成功」した*18。
ここ数年は「代替肉」には「肉」と表示してはいけない!と躍起になっている。日本でいうと大豆肉(ソイミート)はNGにしろということだ。
アメリカの牛肉産業グループは「動物性ゼロの肉」には“meat”の表示を禁止しようと動いており、EUの食肉業界も植物性肉に対して“bacon”、“chicken nuggets”、“hamburger”などの表示を規制させようとロビー活動を行っている*4。2018年にミズーリ州がアメリカではじめて「肉」以外に肉と表示してはいけないという「本物の肉」法を制定*5、その後複数の州で同様の法律が作られ、そのうちのいくつかの州では「本物の肉」法は違憲だとして裁判が起こっている(アーカンソー州で成立した「本物の肉」法は連邦裁判で覆された*7)。畜産業界は重箱の隅をつつくように実に細かく、面倒なことを仕掛けてくるのだ。
彼らは2019年10月にはTescoにも噛みついた。肉を非難するような(と食肉業界は感じた)ヴィーガン食品のCMを放送したからだ*3。
肉だけではない。卵業界も必死だ。
2011年に設立したハンプトンクリーク社(現ジャスト社)は卵不使用のマヨネーズで、わずか4年で多くの顧客を集めたスタートアップだが、マヨネーズの代表ブランド「ヘルマン」を抱える食品業界大手のユニリーバから「卵が入ってないものに”マヨ”の名前を使ってはならない」と訴訟を起こされたことがある*9。これには米卵協議会も絡んでいた疑いが持たれており、情報公開法に基づき開示された同協議会の2013年のメールにはジャスト社を「危機的状態であり重大な脅威」と書き、小売店にジャスト社のマヨネーズをおかないように工作するやり取りが見られる*10。
結局ユニリーバの訴訟は同社にとって不利なものとなった。ジャスト社のマヨネーズに多大な宣伝効果をもたらし、ジャストマヨネーズのファンからは怒りを引き起こし、ユニリーバに「持続可能な食品会社へのいじめを止める」よう訴えるChange.orgの嘆願書が提出された。ユニリーバは最終的に訴訟を取り下げた*9。
ミルクも忘れてはならない。
乳業界は豆乳やアーモンドミルクに「ミルク」という表示を止めさせるようFDA(アメリカ食品医薬品局)に訴えている*8。彼らも生き残りをかけて必至だ。乳市場は乳代替市場に変わりつつあり、アメリカでの一人当たりの牛乳消費量は1940年代後半にピークを迎え、ここ数年では、2010年の年間約240ポンドから2015年には約120ポンドに急激に減少したと言われている。
米国東海岸最大の乳製品メーカーの一つとして首都圏700万人に牛乳を供給してきたElmhurst Dairyのように、90年後に乳業部門を停止させると言っている企業もあれば、米国最大の酪農生産者ディーンフーズのように破産を申請したケースもある(2019年11月)*11。
EUの飲用牛乳の消費は、この10年間で1人当たり5リットル減少したが、動物由来製品の摂取に反対する消費者が増えていることも要因の一つだ*11。乳業界の動物への虐待の暴露が、業界の縮小に拍車をかける。
そのEUでも畜産業界は植物性食品の表示に目くじらをたてている。2017年、EUでは植物性の代替乳製品に「ミルク」「チーズ」「ヨーグルト」などの表示を禁止するように働きかけ、その法案を成立させた。しかしその後さらに行われた、代替肉に「ハンバーガー」「ソーセージ」「ステーキ」などの表記を止めろという業界の働きかけは却下、2021年には代替乳製品の表示をさらに規制する法案を通過させようと目論んでいたが、それも却下された*19。
いかに業界がなりふり構わず植物性代替品の拡大を阻止しようとしているかは、この2021年に畜産業界が禁止しようとしていた表示をいれば推し量れるかもしれない。
細かい。ちなみにこの法案の反対請願署名には、WWF、グリーンピース、欧州消費者機構 (BEUC)、環境運動家のグレタ・トゥーンベリらが名を連ねる。
アメリカのag gag法をご存知だろうか?
畜舎内で活動家や従業員やジャーナリストが撮影することや、動物保護団体と畜産場の従業員が連携して畜舎内部を明らかにさせることを禁止させる法律だ。本来ならこれは、アメリカ合衆国憲法修正条項第一条「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない」に反するものだ。
この法律が成立してしまえば動物への虐待が隠されるだけではなく、劣悪な労働環境にも蓋をし人権をも損なう。しかし畜産業界にはそんなことは関係ない。熱心なロビー活動を行い、各州でag gag法を成立させようとしている。
残念ながらag gagは8州で成立している。しかしそのような法律は違憲と判断された州や法案が通らなかった州のほうが多い。成立している州も今後連邦裁判により違憲との判断が下される可能性は高いとみる。
ag gag法の成立状況 End ag gag laws
近年、アメリカではあちこちの州でバタリーケージや妊娠ストールなどの拘束飼育を禁止する法律が成立している。畜産業界はこの動物福祉さえも阻止しようとする。
2018年、カリフォルニア州では動物保護措置Prop12(鶏のケージや妊娠ストールなどの拘束飼育を禁止する)が可決されたが、畜産業界は「食品の価格が引き上げられることにより生産者と消費者が損害を被る」「この法律に反する州外の生産物も州内では販売できないというのは合衆国憲法に反する」と主張してこの措置の停止を求めた。幸い連邦裁判はこの訴えをしりぞけた*12。だがいつも動物福祉が守られるわけではない。
全米最大の鶏卵生産州のアイオワでは、家禽業界のロビー要請をうけて『「ケージフリー卵」を販売する小売店は同時に「バタリーケージ卵」を販売しなければならない』というとんでもない法案が通過してしまった(2018年*13)。バタリーケージ飼育は人類が考案した最悪なものだが、業界にとっては自分たちの利益が守られればそれでいいのだ。
アメリカでは、州や市ごとにフォアグラの強制給餌禁止が成立していっている。カリフォルニア州ではフォアグラ生産の強制給餌を禁止する法律が2012年に施行されたが、生産者団体らが反発。2015年には連邦地裁でフォアグラ禁止を違憲とする判決が下った。強制給餌のようなあからさまな暴力でも畜産業界は手放すことができないのだ。
しかし彼らの喜びは束の間だった。2017年にサンフランシスコの控訴裁判所によって、連邦裁判の判決が覆された。原告は上告を試みたが棄却され、フォアグラの強制給餌禁止法が正式に施行された。
畜産業のもう一つの悪行は抗生物質の多用だ。
抗生物質耐性菌はこのままでは2050年に全世界で1000万人の死亡者を出すと予測されている重要な問題となっている。多くの科学者が畜産場での抗生物質の大量使用が原因で耐性菌が拡がっていると心配している*14。しかし畜産業では病気にもなっていない畜産動物にも「予防」として抗生物質を投与する。なぜか。遺伝的多様性のない同じ種の動物を同一畜舎にぎゅうぎゅうに過密飼育するからだ。病気が蔓延する絶好の環境だ。そのような環境では動物はたしかに次々死ぬだろう。だが畜産業界は過密飼育を止め、動物の環境改善に力を注ぐのではなく、「抗生剤の多用を止めようという声」を叩くことに力を尽くす。
ニューヨーク州選出の議員で微生物学者でもあった Louise Slaughter ら何人かの議員は、畜産場での抗生物質使用をより厳重に規制する法案を提出し、10年以上立法化を求めてきた。この法案は米国医師会をはじめ454の組織に支持されてきたが、米下院エネルギー商業委員会の衛生小委員会に委ねられた後、一度も採決に至っていない。畜産業界が強く反発したからだ。
非営利団体センター・フォー・レスポンシブ・ポリティクスのデータによると、全米鶏肉協議会は2015年に64万ドルをロビー活動に使い、その一部を抗生物質関連の法律に対する反対運動に充てた。米国動物用医薬品企業協会(動物用医薬品を開発および製造する企業の業界団体)は13万ドルを使った。同センターのデータはまた、動物用医薬品会社や畜産業関連団体が衛生小委員会のメンバーの過半数に1万5000ドル以上の選挙献金をしたことも示している*14。
それだけではない。彼らは薬剤耐性の調査が行われるのも阻止しようとする。2015年、数十人を入院させた薬剤耐性サルモネラが発生。当時公衆衛生当局はこれを調査していたが、当局が農場に入って調査するのを豚肉業界はロビー活動を行って妨害した。そのためいまだ発生源を特定できずにいる*17。
2017年にWHO(世界保健機関)は「食用家畜における抗菌性物質の使用に関するガイドライン」を発表した。リリースでWHOは「健康な家畜に対する成長促進や疾病予防を目的とした継続的な抗菌性物質の使用を止めるべき」「家畜における抗菌性物質の使用を制限する取り組みにより、最大39%まで耐性菌の発生を抑制できる」などと示したが、これにアメリカ畜産業界は火であぶられた豆のように素早く反応して声明を出している。
米国農務省の首席科学官代理の出した声明は、WHOのガイドラインには健全な科学の裏付けがなく、「根拠の弱い」や「根拠のとても弱い」情報に基づくガイドラインを出してしまっていると言い、他の全米豚肉生産者協議会、米国家きん疾病学会、全米獣医師会、全国鶏肉協議会、米国動物用医薬品企業協会もこぞって「予防目的での抗生剤使用がなければ家畜は死ぬ」などといってWHOのガイドラインに反発した。(詳細は農畜産業振興機構「WHOが公表した食用家畜における抗菌性物質の使用に関するガイドラインに対する反応(米国)」を参照されたい)
だが彼らがどんなに頑張っても、抗生剤の使用を制限しようとする動きは日々高まっている。メリーランド州とカリフォルニア州では畜産場における抗生物質の日常的な使用を禁止した*15。手遅れになる前に対策を打つ必要があるのだ。いつまでもごねている場合ではない。
畜産業界は悪あがきして出る杭を打つのに必死だが、必ずしもそんな動きばかりではない。代替肉市場へ自ら参入したり、抗生物質の削減目標をかかげたり、時代に対応した選択をする畜産企業は増えている。1000社以上の企業は妊娠ストールやバタリーケージの廃止を決定した。
おそらく彼らはあがいても無駄だと気が付いたのだろう。卵を使わないマヨネーズのJUST社に「”マヨ”という言葉を使うな」と訴えたユニリーバは訴訟を取り下げただけではなく最終的に自らが卵を使わないマヨネーズを作り始めた*16。食肉加工会社アメリカ最大手のタイソンフーズは培養肉市場に参入し、自ら代替肉ブランドも立ち上げている。日本でも丸大食品や伊藤ハムが代替肉の販売を開始し、食肉加工最大手の日本ハムは「畜産をともなわない」培養肉の開発に参入した。
多くのリスクを抱える畜産業だが、今後生き残ることができるかどうかは、自らの悪行にふたをし続けるか、流れにのって賢い選択をするかで決まる。
日本ではまだ畜産のリスクがあまり注目されていない。だが、だからと言って日本の畜産がアメリカよりも良い状態だというわけではない。アメリカのいくつかの州で禁止されている虐待飼育が日本では一般的だという実態があるし、畜産物1Kgあたりの抗生物質の投与量は日本はアメリカの約2.1倍だ。これからは日本の畜産業界も批判の対象となってくるだろう。そうしたときに、賢い選択をしてほしいものだと思う。
畜産が気候変動の主因であることは多くの人の知るところだと思うが、ニューヨーク大学の新しい研究によると、米国のトップの食肉および乳製品会社は、家畜および農業ロビー活動グループとともに、気候変動対策に反対するキャンペーンに何百万ドルも費やしているという。(2021年4月2日のWebニュース Big Meat and Dairy Companies Have Spent Millions Lobbying Against Climate Action, a New Study Finds April 2, 2021 より)
*1 How Will Cultured Meat and Meat Alternatives Disrupt the Agricultural and Food Industry?
*2 American Meat Science Association 2015-2020 DIETARY GUIDELINES FOR AMERICANS SUPPORT LEAN MEAT AND POULTRY IN A HEALTHY DIET Jan 07, 2016
EcoWatch Meat Industry Wins in Dietary Guidelines for Americans Jan 07, 2016
*3 How meat and dairy are countering criticism on climate By David Burrows | 18 November 2019
*4 Cattle ranchers take their ‘beef’ with veggie burgers and ‘meatless meat’ to the next level
*5 Where’s the Beef? States Ban Veggie Burgers From Being Labeled ‘Meat’ BY ALAN GREENBLATT | JUNE 2019
*6 Plant-based plaintiffs drop lawsuit challenging Mississippi’s labeling law PUBLISHED Nov. 8, 2019
*7 Vegan Burgers Are Legal Again Published by SoDelicious EditorsDecember 18, 2019
*9 Morning Mix How little ‘Just Mayo’ took on Big Egg and won
*10 全米卵協議会、無卵マヨネーズ代替品 “Just Mayo” のHampton Creekに陰謀を企てた疑い 2015年10月27日 by Sarah Buhr
*11 牛乳・乳製品も卵も代替品の時代へ
*16 Hellmann’s Couldn’t Beat Vegan Mayo, So They Started Making Their Own By Alex Swerdloff Feb 5 2016
*17 Is overuse of antibiotics on farms worsening the spread of antibiotic-resistant bacteria? 2020 Jan 05