ここ数年「畜産」という過程を伴わない、持続可能なたんぱく質(代替肉・培養肉)の市場が急成長している。(世界の状況についてはコチラ)
諸外国に後れを取ってはいるが、日本でも近年この分野への動きが活発化している。
2019年、環境省はミートフリーマンデー(週に一日肉を食べない)を推進するMFMAJに環境大臣賞を授与した。さらに翌年2020年環境白書(令和2年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書)には同団体の活動を紹介しようともしていた(肉食推進の農水省の反発で環境白書への掲載は取りやめになった1)。
2020年3月には新しい「食料・農業・農村基本計画」で「多様な食の需要に対応するため、大豆等植物タンパクを用いる代替肉の研究開発等、食と先端技術を掛け合わせたフードテックの展開を産学官連携で推進し、新たな市場を創出する」が盛り込まれた。これを受けて農林水産省は同年4月、フードテック研究会を設立、最先端技術(フードテック)を活用したタンパク質の供給の多様化が話合われているところだ。
2020年7月の同研究会の中間とりまとめでは、代替肉や培養肉は重要な分野だと認識されていることが分かる(農林水産省フードテック研究会 中間とりまとめ)。また、2021年3月の会合ではPlant Based Food 普及推進 WT(ワーキングチーム)の設立も提案されている。
余談だが2019年11月29日に大西健介議員が「培養肉」に関する質問主意書を提出している。質問の内容は、培養肉は従来の食肉に替わるものとして期待されており、「培養肉」に対する政府の基本的な考え方を示されたい、というもの。これに対する政府の答弁は、『政府としては、現時点で、お尋ねの「培養肉」について、御指摘のように「市場投入も間近になっている」とは認識しておらず、お尋ねの「「培養肉」の商品化を見据えた法律や制度の整備」について、その必要性を含め、お答えする段階にはないと考えている。』との取り付く島もないものだった。それからたった一年足らずで農林水産省が立ち上げた研究会の重要な項目の一つに上がっていることを考えると、この分野がいかに急成長しているかを伺うことができる。
さらに2021年5月11日、ベジタリアンやヴィーガン向けの食品に適合する日本農林規格(JAS)の新設を目指す農林水産省や東京都、NPO法人「日本ベジタリアン協会」などでつくるプロジェクトチームの初回会合が、国会内で開かれた。来年3月の制定を目指すという。
ベジタリアンの食品JAS制定へ 農水省や東京都などPTが初回会合 2021.5.11
そして2021年6月8日、令和3年度版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書が閣議決定され、この中で「食の一つの選択肢としての代替肉」が盛り込まれた。
食の一つの選択肢としての代替肉
「世界的に環境志向や健康志向等、食に求める価値観が変化していることなどを背景に、生産から流通・加工、外食、消費等へとつながる食分野の新しい技術及びその技術を活用したビジネス(フードテック)への関心が高まっており、我が国においても、代替肉や、健康・栄養に配慮した食品等について産学官連携で本分野の新たな市場創出を推進していくことが重要です。代表的なフードテックとして、豆類等の植物性タンパク質由来の代替肉があります。近年、国内でチェーン展開している飲食店やスーパー、コンビニエンスストア等が、大豆を主原材料とした代替肉を使った商品を提供しています。
飲食店では、ドトールコーヒー、モスバーガー等でバーガーメニューの一部を、スーパー等のPB商品としてイオンや無印良品等が、代替肉を使った商品を提供しています。また、コンビニエンスストアでは、セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンが、ボロネーゼ、タコスミート等で使う挽肉の代わりに使っていました。さらにコメダ珈琲店が新業態「KOMEDA is □(コメダイズ)」を開店するなど、私たちが代替肉メニューを食することができる場所が増えています。
古来、一部の和食料理には、魚や肉の代わりの食材として、大豆や小麦粉を使った食材を使っています。現代は、見た目や食感も肉に近い代替食材が開発されるようになり、食の一つの選択肢として、より身近な存在になることが期待されています。」また、肉については次のように書かれている。
「平均的な日本人の食事に伴う1人当たりのカーボンフットプリントは年間1,400kgCO2e(温室効果ガスの種類別排出量合計を地球温暖化係数に基づいてCO2 量に換算した排出量)と試算されています(図3-2-4)。その中でも、肉類、穀類、乳製品の順でカーボンフットプリントが高く、特に肉類は少ない消費量に対して、全体の約1/4を占めるほどの高い温室効果ガス排出原単位となっています。肉類は飼料の生産・輸送に伴うCO2排出に加え、家畜の消化器からのメタン(CH4)発生等から、その他と比較して高い排出原単位となっています。」
上グラフで見ると、肉類(と乳製品)はほかの食品に比べ、消費量に対して(内側の円)、カーボンフットプリント(外側の円)がかなり高いことがわかる。
小泉進次郎環境大臣は令和3年の環境白書が発表された8日に、フェイスブックに次のような投稿をしている。
2050年のカーボンニュートラル宣言以降初めての白書です。多くの方に読んでもらえたら嬉しいです。
朝の閣議後の記者会見では、記者の方から今回の白書で初めて取り上げた「代替肉」について質問がありました。
世界的な環境志向や健康志向、食に求める価値観の変化などから、新たな食の選択肢として「代替肉」を記載しました。
コンビニ、コメダコーヒー、ドトールやモスバーガーなど、私たちの暮らしの身近なところで「代替肉」が当たり前の選択肢になりつつあるのを感じます。
今日の私のランチも環境省の中にある食堂からヴィーガンのメニューをテイクアウトしました(大豆ミートボールと野菜のせいろ蒸し)。大豆ミートボールは2回目でしたが、これは言われないとチキンミートボールだと思うくらいです。
是非皆さんも環境月間にヴィーガンメニューを試してみてください。
CULTIVAYED CHICKEN(培養鶏肉) CULTIVAYED BEEF(培養牛肉)
持続可能なたんぱく質の一つが「培養肉」だ。上の表2で分かる通り、 培養肉の環境負荷は、畜産を伴う肉に比べて著しく低い。
諸外国の動きはコチラを見てもらいたいが、日本でも培養肉の参入が広がっている。
日本人の培養肉への意識
2020年12月に特定非営利活動法人日本細胞農業協会が行った調査によると、『培養肉』を知っている日本人は約4割。回答者の約3割が、ふつうの肉より高い金額を出してでも培養肉を試してみたいと考えていた。また、培養肉のイメージを問う質問では、「知らないのでわからない」という回答が5割と最も多く、「未知のものに対する不安がある」といった回答が3割、「環境や動物にやさしくて良さそう」といった好意的な回答が2割という結果であった10。
海外が先んじているが、日本国内でも代替肉市場に参入する企業は、近年激増している。半世紀以上にわたって植物性食品の開発・生産・販売してきた不二製油グループのような企業もあるが、令和3年度の環境白書にも書かれている通り、とくに近年、多くの企業が植物性代替品の販売を開始している。日本ハム、丸大食品、伊藤ハムのような食肉加工会社も代替肉の販売を本格的に開始する状況になっていることからも、この分野の広がりの大きさがわかる。
*掲載したのは一部
日本人(日本を含む8か国)の代替肉への意識
農畜産業振興機構(エーリック)が2021年1-3月にかけて実施した8カ国におけるアンケート調査によると、肉を食べない割合はドイツで13%と最も高く、次いで米国が11%、日本が9%となった。多くの国で「肉を食べない」は若年層で多かった。また肉を食べない理由として「動物がかわいそうだから」はドイツで最も高く、牛(32%)、豚(28%)、鶏(46%)であった。日本で肉を食べない理由として「動物がかわいそうだから」は、牛(14%)、豚(24%)、鶏(20%)。
食肉代替の認知度はドイツが最も高い74%、次いで米国が73%、中国が69%となった一方、日本は49%と最も低かった。
1年前と比べた現在の食肉代替食品の喫食頻度は、いずれの国も増えた層(「増えた」「やや増えた」の合計)の割合が減った層(「減った」「やや減った」の合計)を大きく上回った。
今後の食肉代替食品の喫食頻度の意向を見ると、増やしたい層(「増やしたい」「やや増やしたい」の合計)の割合が、いずれの国でも減らしたい層(「減らしたい」「やや減らしたい」の合計)を大きく上回った。
海外情報 農畜産業振興機構(エーリック) 畜産の情報 2021年6月号 各国における食肉代替食品の消費動向 調査情報部 河村 侑紀
持続可能なたんぱく質への移行の動きを作っているのは、環境への配慮や健康志向だけではない。上述したリンク先の農畜産業振興機構(エーリック)の調査を見ると、「動物がかわいそう」というのは大きなウェイトを占めている。
そもそも培養肉・代替肉の先駆者たちの動機の一つが、動物への配慮、にある。
世界ではじめてつくられた培養肉に資金提供したのはGoogleの共同創業者で、推定純資産は306億ドルと言われているセルゲイ・ブリンだが、かれはクリーンミートに投資した理由を「動物福祉のためだ」という。「人々は近代の食肉生産に間違ったイメージを持っている。人々はごく一部の動物を見て自然な農場を想像する。しかしもし牛がどんなふうに扱われているかを知ったら、これは良くないと分かるだろう。」23
「培養鶏肉」を世界で初めて販売開始したEat Just社の設立者の一人であるJosh Balkは、食肉処理場や工場畜産の覆面調査員として働き、工場畜産反対キャンペーンを展開したあと、HSUS(アメリカの動物保護団体)の副社長で畜産動物保護を担当しており、アメリカでのケージフリー運動にも大きな役割を担っている人物だ。
培養肉・代替肉をプロモートする世界的イニシアチブで、2015年に設立されたGood Food Instituteの目的は、動物の犠牲を減らすことにある。同団体の創設者であるBruce Friedrichはもともと毛皮のファッションショーへ抗議するなど直接行動的な動物の権利活動家であったが、より効果的に動物の犠牲を減らすために同団体を設立したという24。
2015年に設立されたFAIRR(FARM ANIMAL INVESTMENT RISK & RETURN)は投資機関に畜産のリスクを啓発することを目的とした投資機関ネットワークで、企業に持続可能なたんぱく質への移行を促す運動も行い成果をあげている。FAIRRをサポートする投資機関らの合計運用資産2021年6月時点で4200兆円(38兆ドル)にものぼる。
FAIRRのCEOであるジェレミー・コラーは、自身を動物の権利活動家と呼び、動物の権利や、工場畜産の恐怖について、長年問題提起してきた。彼はそれらの解決方法として選んだのは「動物がかわいそう」というメッセージではなく、人々に工場畜産を「人間の世界的な持続可能性の問題」として提起するという方法だ25。
代替肉の先駆であるBeyond Meat(ビヨンドミート)社のサイトには次のように書かれている。「私たちは、人間の健康の改善、気候変動へのプラスの影響、天然資源の保護、そして動物福祉の尊重に尽くします」。同社の創業者兼CEOのEthan BrownはVEGANだ。7歳で「人間は犬をペットとして大事にするが、とてもよく似た豚は食用にして、尊重しないのは何故か?」と疑問抱き、成長するにつれて食肉大量消費の問題を知ったという26。
環境や健康にフォーカスされがちな培養肉・代替肉の広がりだが、その流れを作っているのは「動物がかわいそう」という、人がごく当たり前に持つ思いやりの気持ちだ。そしてその思いやりの気持ちを引き出したのは、畜産動物の事実を知らせ続けてきた私たち一人一人にほかならない。
畜産利用される動物の実態を知らないという人はまだまだたくさんいる(日本人は8割が知らない)。皆に実態を知らせることができたら、畜産由来のたんぱく質から持続可能なたんぱく質への移行は大きく前進するだろう。社会科学者のJacy Reeseが主張する、「すべての畜産は2100年までに終了する」という予測も実現するかもしれない。
1 環境省、「温暖化防止へ肉食減」紹介/農水省、「メッセージ強すぎ」反対 環境白書の記述、水面下で攻防 2020/08/19
2 Good Food Institute GROWING MEAT SUSTAINABLY:THE CULTIVATED MEAT REVOLUTION
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