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大企業が市民団体との対話で畜産を変革! 日本ハム㈱の場合 

日本の畜産が変わった日

2021年11月、日本の畜産の歴史が変わった。日本を代表する食肉会社、日本ハム株式会社が、2030年までに国内全農場における母豚の妊娠ストール飼育を廃止すると宣言した。日本の畜産の「暗黒の時代」が変革期を迎える。

妊娠ストールとは妊娠中の母豚を、身動きできない檻に収容して、分娩まで管理する飼育のこと。妊娠を無駄なく生産に結び付けるための拘束飼育によって、母豚にはあらゆる健康被害が生じ、精神被害も頻発する問題飼育だ。受精させられた母豚は一生檻の中で生活し(分娩期間は分娩ストール管理)健康な妊娠が望めなくなると、檻から出されて屠殺される。

世界では、なんでもいいから肉を生産しろの時代は終わり、環境と倫理の両面から、食肉の生産活動は規制されている。妊娠ストールも動物保護の観点からEUやスイス、ニュージーランド、米国、オーストラリア、ブラジル、イスラエルなどで禁止が合い次ぐが、日本ではいまだに90%ほどの農家が使用している。

 

企業との対話 改革へのステップ

この妊娠ストール飼育について、わたしたちは対話によって日本ハム㈱に廃止を求めてきた。正直な感想を言うと、光明が見えるような見えないようなの長い交渉期間で、どの時点から同社が、ストール廃止の方向へ向かい始めたのかはわからない。ただ、2021年5月に発表された中長期計画のなかには、環境・人権にアニマルウェルフェアが並び、光の萌芽が見え始めていた。やるぞと言ってから準備を始める欧米と違い、日本企業は何かを言い始めたら、すでにそれができる確証があるから、2021年の時点では、ストール飼育の終焉を踏まえた経営に、日本ハム㈱は入っていたということになる。

 

サプライチェーンに責任を持つ企業の姿とは

今回の宣言を受けて、日本ハム㈱がどれだけ生産者、サプライチェーンを大切にする企業かということに、感嘆せざるをえない。今2021年の終わりだから、あと丸8年ほどは脱ストールの移行期間がある。これは同社直営農場以外の関連農場、関連企業にとっても、必要十分な移行期間といえる。逆を言えば、ストール飼育をやめないとしても、あらたな取引先を確保するのに十分な時間があるということで、日本ハム㈱系列に新規参入する農場、企業にとっても同じことである。

日本ハム㈱は、本体が一人勝ちするのではなく、周囲をひきつれての変革の道を選んだ。仮にこのストールフリー宣言があと3年おそければ、あるいは期限を決めなければ、農場を含む周辺ビジネスの、弱小な部分から取り残され、消えていっただろう。褒めすぎのように思われるかもしれないが、自社の目標を公表して、サプライチェーンに「のるかそるか」の選択権を与える企業は、日本にほとんどないのだから仕方ない。たいていの企業はサプライチェーンに有無を言わせず「将来ダメになったらいっしょに心中しようね」型なのである。

 

「熟成待ち」が長いアニマルウェルフェア課題

じつはアニマルウェルフェアは、さして複雑な社会課題ではない。原発やアスベストのように、廃棄物が何百年も消滅しないとか、脱プラスチックのように、今やってる削減は根本解決じゃないとか、そういうどうにもならない障壁は、ハッキリ言って無い。簡単に言えば、良い畜産商品に変えるだけのこと。アニマルライツセンターは日ごろ、企業と面談し、アニマルウェルフェアについてレクチャーしながら、その企業の問題点と解決方法をお話ししているが、それに要する時間はせいぜい1時間程度。その時間内で、ウェルフェアについて全く知らなかった人が納得し、やるべきことが見えてきたと言う。ところがそこからの「熟成待ち」長いのだ。

アニマルライツセンターも人間だから、この「熟成待ち」の長さと不毛、脱妊娠ストールの解決不能さと、出口なしには、くじけそうな気持ちにもなった。だから日本ハム㈱から「2030年までに妊娠ストールをやめます」と言われたときには、素直に「…言葉がありません」と心情を吐露してしまった。いろいろ強い言葉を用意していったから、ちょっと脱力して言葉を失ったのだ。

 

ARCスタッフも信じられなかった

夢にたどり着いた瞬間

それから日本ハム㈱から正式公開があり、わたしたちの団体からの公式発表、ライブ配信などもあったが、何日たってもまだ実感がなかった。

ところが週末、テレビを見ていて、ある歌が流れてきた。「子どもたちが空に向かい両手を広げ/鳥や雲や夢までもつかもうとしている/その姿は昨日までの何も知らないわたし」昔よく聞いたこの歌を聞いたとたん、漠然と手を伸ばし、夢を探り当てようとしていたのが昨日までで、わたしたちの指はたしかに、信じてきた夢にたどり着いたとわかった。いやわたしたちが描く未来は、もうすでに夢ではないと実感したのだ。

 

企業が市民団体と協業する意義

ところで企業交渉を手段として、動物保護に取り組むアニマルライツセンターは、企業と対話して、変革を求めている。しかし実際は、企業を通して畜産という農業を変えているのだ。

この農業というか第一次産業自体が危機に瀕していることは、知らない人はいないだろう。それでも今までは飽食に支えられて何とかなってきたが、コロナ禍で食ロスが消滅し、実体農業の体力のなさが明らかになった。日本の農業は、じつは丸裸の様相だ。それなのに農家の生産物を買い上げているのは企業だから、最初、たとえばケージフリー問題でもなんでも「生産者と相談するからアニマルライツセンターはかかわらなくてよい」と強がってみせる。

しかし社会課題に対する取り組みが、真に評価できるものであるかどうかは、それが利益と別の次元に成立しているかにかかっている。よく考えればわかることだが、社会課題とは、利益優先の資本主義ビジネスから産まれてしまうものだから、利害関係者だけで話し合うこと自体、堂々巡りで無意味なのだ。どうしても一時的にでも利益を度外視して、解決策を練る必要がある。そういう企業にとって慣れない、非営利な作業に協力するのが、わたしたちアニマルライツセンターのような非営利団体、市民団体の役割だ。

日本ハム㈱はアニマルウェルフェアへの取り組みに関しては、アニマルライツセンターとの協業の道を選んだ。妊娠ストール廃止にはおそらく膨大なコストがかかるだろう。同社は他にも作業を管理するカメラ設置等、投資を約束している。いったん利益を外して、あらたな価値創造を目指さなければ、できない決断だ。この取り組みが真に評価できるものであることは、未来の日本の農業が変わることで証明できる。それが2030年までにわかるのだからワクワクするじゃないか。

 

心に刻み込む 妊娠ストールからの”STAND UP”

もし機会があれば、遠くからでも、妊娠ストール豚舎を見てみたらどうだろう。閉じ込められた母豚は、何も入ってない口をくちゃくちゃと咀嚼し続けていたり、ストールの鉄骨を噛んだりしている。長い拘禁反応からくる精神崩壊症状だ。しかしある豚舎で見た母豚は、ストールのヘリに脚をかけて、明らかに逃げようとしていた。夕陽の入る窓にむかって、高い声で吠え、よじ登ろうとしていたのだ。まわりの母豚もざわめいている。母豚の”STAND UP”を見た気がした。妊娠ストールという、耐えられないほど屈辱的な状況のなかでも、立ち上がる女性がいたのだ。弱った女性が自力で立ち上がろうとするのに、それを見捨てる人間は、どこの世界でもクズと呼ばれる。ひたすら困難で、ひたすら待つだけのときに、あの母豚の”STAND UP”を思い浮かべようとおもう。

 

 

 

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