畜産(豚・鶏・牛)におけるアニマルウェルフェア実態調査は、2014年に国産畜産物安心確保等支援事業として畜産技術協会が行ったものが最後のものですが、豚に関しては2015年以降、アニマルウェルフェアの調査が継続されています。
養豚経営安定対策補完事業として(独)農畜産業振興機構の委託により日本養豚協会が実施した「養豚農業実態調査」 がそれです。
同協会による2015年の調査では「アニマルウェルフェアの取組み」状況についての質問のみでしたが、その後は妊娠ストールの使用状況や、去勢・断尾・切歯の実施状況、出荷時におけるアニマルウェルフェアへの配慮なども調査に加わるようになりました。
2014年以前に畜産技術協会が実施した調査と、2015年以降の日本養豚協会の調査を振り返り、日本の養豚業におけるアニマルウェルフェアの状況を考察してみたいと思います。
アニマルウェルフェアの問題として象徴的な妊娠ストールの使用状況については
妊娠ストールを常用している率 | 群飼養を検討 | |
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2007年 | 83.1% | |
2008-2013年 | 調査が行われていない | |
2014年 | 88.6% | |
2015年 | 調査が行われていない | |
2016年 | 91.1% | 10.9%が今後群飼養を検討したい |
2017年 | 87.1% | 13.1%が今後群飼養を検討したい |
2018年 | 91.6% | 10.0%が今後群飼養を検討したい |
※2007年と2014年の調査は畜産技術協会が実施したものです。2015年以降は日本養豚協会の調査によるもの。
若干の変動がありますが、アンケートへの回答数にも変動があるため、使用率はここ10年変化がない、あるいは国の補助事業で妊娠ストール施設が導入されている例もあるので、増えている可能性もあります。しかしいっぽうで10%を超える経営体が「今後群飼養を検討したい」と回答していることに希望も持てます。
「アニマルウェルフェア、動物福祉、または快適性に考慮した家畜の飼養管理という言葉を知っていますか」
知っている | 知らない | |
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2016年 | 74.5% | 25.5% |
2017年 | 76.0% | 24.0% |
2018年 | 80.9% | 19.1% |
知っていると回答した経営体のうち、「アニマルウェルフェアへの対応の予定はない」と回答したのは
アニマルウェルフェアへの対応の予定はない | |
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2016年 | 21.2% |
2017年 | 質問が行われていない |
2018年 | 18.5% |
昨今日本でも動物福祉がとりざたされることが増えていますが、アニマルウェルフェアをいう考えを知りながら「対応の必要はない」とする農家がまだいるというというところに意識の低さが伺われます。
表には掲載していませんが、2015年の調査では、アニマルウェルフェアの取り組みについて54.3%が「特に考えていない」と回答しています。ただ2015年の質問ではアニマルウェルフェアの認知度別の質問形式ではないため、「知っている」「知らない」を含めた経営体全体でのパーセンテージとなります。
いっぽうでアニマルウェルフェアをすでに取り入れていると回答した経営体もあります。しかしどのような形で何のアニマルウェルフェアを取り入れているのかは不明です。「愛情を持って接する=アニマルウェルフェア」、「畜魂祭=アニマルウェルフェア」となどと解釈している会社もあるので非常に不安を覚えます。
しかし少なくとも「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針(農林水産省の進める指針)」に従って取り入れていると回答した経営体は合理的なアニマルウェルフェアを取り入れていると考えられます。ただその割合は6%程度と低いものになっています。
「飼養管理にアニマルウェルフェアの考え方を取り入れている」 | 「取り入れている」と回答のうち「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」に従って取り入れている | 「取り入れている」と回答のうち「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」に従っていない | |
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2016年 | 13.0% | 4.4% | 8.6% |
2017年 | 13.5% | 6.6% | 6.5% |
2018年 | 12.9% | 6.7% | 6.0% |
畜産技術協会が2007年と2014年に全国調査して以来、歯の切断、尾の切断、去勢についての調査は行われていませんでしたが、2018年に日本養豚協会が調査を実施しています。
切歯率 | 断尾率 | 去勢率 | |
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2007年 | 88.1% | 77.1% | 98.8% |
2014年 | 63.6% | 81.5% | 94.6% |
2018年 | 63.6% | 82.2% | 99.3% |
※2007.2014年調査は畜産技術協会、2018年調査は日本養豚協会
切歯率が2007年から2014年にかけて大きく減った以外は、目だった変化はありません。
これらの手技は、いずれも代替手段があります(詳細はこちらをご覧ください 歯の切断 尾の切断 去勢)。ですので、やらずに済ませるに越したことはありません。どうしてもしなければならない場合であっても、豚に与える著しい痛みを考えると、麻酔や鎮静剤などの痛みを抑える処置は必須です。
この麻酔の有無についても日本養豚協会が2016年に初めて調査が実施しています。
これまで豚の歯・尾の切断、去勢の有無については、畜産技術協会が調査していますが、麻酔の有無については調査されていませんでした。おそらく、これらの手技を行う際、日本では麻酔を使わないのがスタンダードで調査の必要がないと考えたからではないかと思います。
しかし、2016年に麻酔の実施の有無について初めて日本養豚協会が調査が行ない、わずかながら麻酔の使用が行われていることが分かりました。
「麻酔を行っている」 | 「麻酔を行わない」 | 「麻酔を行わない」のうち「今後麻酔を検討する」 | |
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切歯 | 7.9% | 92.1% | 3.1% |
断尾 | 8.7% | 91.3% | 2.8% |
去勢 | 2.7% | 97.3% | 3.3% |
諸外国では、麻酔なしで動物の体の一部を切断することについて、禁止や規制を設けている国は多いですが、日本ではそのような規制はありません。にもかかわらず国内で法的に問題が無い手技であっても、麻酔を使用している経営体がわずかながらも存在します。このような前例があるということは大変心強いことだと思います。
また、麻酔を使用していない経営体であっても3%前後が今後麻酔を検討すると回答しています。こういった先見の明のある意識の高い経営体が、今後日本の養豚業をひっぱっていくのではないでしょうか。
2017年には、初めて、出荷時の豚の扱いについての調査が行われました。
その結果、81%の経営体が出荷時の作業は委託ではなく自身で行っており、ウェルフェアへの配慮については次のような結果でした。
している | していない | |
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「積み込み、積み降ろしの際、豚に不要なストレスを与えたりしない、ケガをさせたりしないよう、丁寧な取扱いをしているか」 | 92.9% | 7.1% |
「輸送中、急発進等を避けるなど、豚のストレス軽減に配慮しているか」 | 98.0% | 2.0% |
抽象的な質問なので、これらの回答からは移動時に蹴ったり殴ったり、スタンガンを使用したりしていないか、あるいは輸送が長期の場合に、豚に給水をしているかなどの情報がありません。実態把握は難しいところですが、わずかながら「していない」と回答した農家がいることには仰天させられます。
また、出荷作業を委託している場合についても質問が行われています。
「委託業者との契約などで豚へのストレスを与えないよう配慮している」 | 51.5% |
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「委託業者に任せている」 | 48.5% |
上述の「していない」と回答した特殊な経営体はともかく、ほとんどの経営体は自分が育てた豚にストレスを与えたくないと思っているはずです。アニマルウェルフェアの観点からそう思う農家も知るでしょうし、ストレスが肉質の低下につながるという経済的な理由からそう考える農家もいるでしょう。出荷時の豚への暴力が報告されていますので、万全を期すためには委託業者とアニマルウェルフェアの取り決めをすることが必須ではないかと思います。
2018年、子どもを産ませるために飼育する母豚へワラを与えているかどうかという調査を、日本養豚協会が初めて実施しています。それによると
「母豚へのワラを与えていない」 | 87.5% |
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「与えていない」のうち「ワラを検討する」 | 2.9% |
ほとんどの経営体が母豚へワラを与えていないことが分かりました。
ワラはエンリッチメント(より良い環境)にもなりますし、母豚の巣作りの欲求を満たすことにもつながります。
豚は本来、自然界でなら、分娩前には枝や草を使って精巧な巣を作ります。
分娩ストールに閉じ込められ自由を奪われていても、その巣作りの本能は失われません。彼女たちは分娩前に非常に活動的になり、巣作りやルーティング(鼻で地面を掘る行動)のような巣作り動作に何時間も費やします。そのような行動により顔に擦り傷を作ったりもします。
ワラがあることで母豚は巣作りの欲求を満たすことができるし、分娩が促進されるという報告もあります。(ただしそれには相応の量のワラが必要です。それに母豚の分娩時の日本の一般的な飼育スタイルは「分娩ストール」です。十分なワラがあっても分娩ストールに閉じ込められている状況で、どれだけ欲求を満たすことができるのかは不明です)
2018年には、胃潰瘍を防止するための飼料給餌を行っているかどうかという初めての調査も、日本養豚協会は実施しています。
行っている | 行っていない | 分からない | |
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「胃潰瘍を最小限とするために飼料中の食物繊維の増量・粗たんぱく質の低減した飼料給与をしているか」 | 42.2% | 26.5% | 31.4% |
胃潰瘍は豚の代表的な病気です。と畜場に出荷される豚の90%以上に胃潰瘍の症状が見られると言う報告があるほど、豚の胃潰瘍は一般的な疾患です。胃潰瘍になるのは、よく太るよう濃厚飼料ばかり与えられ、粗飼料が少ないことが要因と言われています。また環境温度、豚にストレスのかかる密飼いなども危険因子と考えられています。
ひっかかったのは、胃潰瘍を減らすための給餌管理方法について31.4%もの経営体が「分からない」と回答していることです。これは、アニマルウェルフェア向上のための畜産技術自体が浸透していないことのあらわれかもしれません。
話が前にもどりますが、アニマルウェルフェアへの取り組みについての調査項目で「アニマルウェルフェアについて具体的に十分理解していないので、さらに情報が欲しい」と回答した経営体が20.1%(2017年日本養豚協会調査)もありました。情報がなければ取り組みようがありません。個々の経営体に対してアニマルウェルフェア教育のプログラムのようなものが必要なのではないでしょうか。
全体として、アニマルウェルフェア導入の必要性を認識する一部の経営体はあるものの、現場の実態自体はあまり芳しくないように感じます。アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針を取り入れている経営体すら6%程度にとどまってます。
アニマルウェルフェアは「愛情」などという曖昧模糊としたものではなく、数値で測られるものですが、数値からはアニマルウェルフェアの良好な傾向はあまりみられません。とくにアニマルウェルフェア以前の、虐待施設ともいえる妊娠ストールは減少の兆しが見えません(増加してる可能性すらあります)。
農林水産省や養豚業界が主体となったより一層のアニマルウェルフェア推進を強く望みますが、私たちNPOも、アニマルウェルフェアへ取り組みたい経営体を後押しできるような啓発を強化していかなければなりません。
2015年以降の日本養豚協会による調査結果はこちらをご覧ください。
2014年以前の畜産技術協会による調査結果はこちらをご覧ください