北海道帯広食肉衛生検査所らが2010-2011年に実施した「と畜場の繋留所における家畜の飲用水設備の設置状況」調査によると、すべての動物を搬入したその日に屠殺すると殺場は7%だけです。
10年経過した現在の搬入状況は不明ですが、アニマルライツセンターが把握している限りでは、と畜場への前日搬入はまだ一般的です。屠殺場が休場日の朝8時に搬入されて翌朝の屠殺まで24時間繋留されることもあります。輸送業者や農場経営者の都合もありますが、「前日搬入してひと晩休ませることで肉質が良くなる」と広く信じられていることも理由の一つです。
それは本当でしょうか?
牛の場合
係留時間が長くなるにつれてDFD肉(ダークカッティング:異常肉の一種。肉が硬く色が暗い)が増える。枝肉重量も減る。(チリ。輸送時間3、16時間。それぞれ係留時間3、6、12、24時間で比較)
チリの6つの論文を分析した結果、繋留時間が長ければ肉の品質にマイナスの影響があった「( 輸送の時間に関係なく)24時間絶食すると、去勢牛のpHは5.8以上の枝肉である可能性が9.4倍高かった」*オーストラリアの食肉格付けではpH値が5.70を超えると規格外となる。pHが高いとDFD肉となる
「屠場での係留中のストレスは極めて大きく、
黒毛和種の上級肉生産を目指す場合、前日搬入・
翌日屠畜は肉色や締まり、
きめなどに影響すると言われていますので注意が必要です。また、
なれた牛舎で絶食させ当日搬入する方法が、枝肉歩留および正肉歩留(枝肉に対する正肉の割合)が高いという試験成績もあり、食肉センターとの話合いが必要となります。」
セミナー生産技術 良質牛肉生産のポイント〔V〕 ─ 肉用牛肥育(2) ─ 宮本正信
豚の場合
豚のストレス、枝肉の収量、肉の品質の観点から豚の屠殺前に一時休憩の期間が望ましいが、係留時間は1〜3時間であるべき。(係留1時間以下、3時間、ひと晩中を比較)
ストレスの軽減と肉質向上には3時間の係留が適切。「係留時間が8、24時間の場合は肉が硬く(toughness)なる」(北京で冬4時間の輸送の場合)
3時間の係留が豚の屠殺時のストレスの量を減らし、より良い肉質を得ることができる。 「係留無しまたは過度に長い繋留は、動物の福祉と肉の品質を損なう可能性がある」(係留時間0、3、9時間を比較)
闘争率およびその後の皮膚病変スコアは、係留時間とともに増加。3時間係留と比較して15時間係留の豚の皮膚病変のリスクはほぼ2倍高い。(夜通しの係留で、豚たちが屠殺場でどれだけ闘争しなければならないのかは、
こちらをご覧ください)
短い係留(8分から2.7時間)と長い繋留(14〜21.5時間)を比較した研究では、長い係留はよりストレスの多い手順であることが証明され(血中乳酸含有量が高く、死後硬直および皮膚の損傷の程度が高い)、枝肉の品質に有害な影響があることが分かった(皮膚の損傷の程度が高い)。
このすぐ上の研究をはじめ、豚の長期繋留はPSE肉(異常肉の一種。しまりがなく水っぽい肉。フケ肉などとも呼ばれる)の発生率が短期係留と比べて少ないとするものがいくつかあります。しかし豚のストレス、PSE、DFDの発生、肉の損傷、枝肉重量など総合的に判断すると3時間程度の係留が望ましいというものが多く見られます。
世界の養豚業界の情報共有プラットフォームとなっているThe Pig Siteの記事「肉質における豚のストレスの影響は?」は、2-4時間の係留が望ましいとしています。
この記事は、DFD、PSE肉の発生は、豚同士の闘争、ストレスがひとつの要因だとしています、そしてストレスを減らすには長期の係留が必要だとは書かれていません。ストレスを与えない環境づくり(農場でのエンリッチメントや寒さ暑さのストレスの除去、小さなグループサイズでの係留、電気スタンガンなどを使用しない)が必要であることが分かります。
ストレスとなる輸送、屠殺場への追い込みを経験させられた豚が、いったん休息することは一般的に重要ですが、屠殺場での係留そのものが何時間であっても通常の状態に比べて豚にとってはストレスになります。
もし輸送、屠殺場への追い込み時の取り扱いで豚がストレスを受けていなかった場合は、豚を係留所で休ませても豚の福祉や肉の品質に有益な影響はないともされています。
大事なのはひと晩係留することではなく、動物を脅かさない優しい扱いをして過ごしやすい環境を整え、ストレスを与えないこと。
上で示したさまざまな報告は、それぞれ地理的条件(気温など)、輸送、動物の扱い方など条件が異なり、このデータがそのままどの国のどの屠殺場にも当てはまるというわけではありません。しかし間違いないのは、動物を苦しめる扱いは肉質の低下につながるということです。
動物へストレスを与えない扱いをすることは、安全な食肉製造のための標準作業手順とも考えられるようになっています。改正食品衛生法が2018年6月13日に公布され、これによりと畜場でのHACCP(危害要因分析に基づく管理)が義務化されることとなりました。2021年6月までにはHACCPの義務化が完了するはずですが、2018年に作成されたHACCAP導入の手順書「
と畜・解体及び食肉卸売市場のHACCP及び一般衛生管理の作成について」には次のような記載があります。
- (牛)手綱で係留する場合は、手綱を長めにし、飲水が常に可能な状態にしておく。
- (牛)追込みに当たっては、棒でたたいたりしてはならない。特に電気ショッカーは使用してはならない
- (豚)搬送車からの積み下ろし、係留施設への搬入に当たっては電気ショッカーを使用せず、うちわ状の棒で柵を叩いて誘導する。
- (豚)係留施設は清掃されていること及び給水及びシャワーが正常であることを確認する(ARC注:豚への給水が必要であることを意味します。「(豚)と畜・解体作業工程別衛生標準作業手順及び逸脱事項の改善措置表」にも「飲水施設に水が入っていることを 確認する」と言う項目があります)。
- (豚)待機施設から誘導施設への追い込みは一頭一列に必要となることから、できる限りストレスのない方式で誘導施設に追い込み、電気ショッカーは使用しないこと。
- (豚) 誘導施設でのストレスは直接肉質に影響を与えることから、誘導施設では豚を棒等で叩いたりしてはならない。特に電気ショッカーは絶対に使用してはならない。
この手順書はあくまで「参考」であり、この通りのものにしなければならないというものではありません。しかし現在屠殺場で行われている、牛を短い紐で水も飲ませず夜通し繋留したり、スタンガンのみで豚を追い立てるという事例は
例1 例2、この参考手順からは逸脱しています。このような状態を改善せず「一晩留め置けばいい」というような安易なやり方を継続するなら、動物の福祉や肉質への悪影響だけでなく、リスク管理のための標準的な作業もクリアできていないということになりかねません。
それだけではありません。動物の長期係留は交差汚染リスクを高めることも分かっています。
くり返しますが、動物福祉、リスク管理、肉質改善の点から重要なのは、「ひと晩係留する」ことではなく、動物を脅かさない優しい扱いをして過ごしやすい環境を整え、ストレスを与えないことです。
一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会のレポート(
と畜場のけい留所における家畜の飲用水設備の設置状況)を読むと、肉のシミ(と畜前の興奮により血圧が上昇し,筋.肉中の毛細血管が破裂することによると考えられる)
発生率は欧米0.5%に対して日本0.9%ということです。
これは日本の屠殺場の福祉の欠如が原因と言っても言い過ぎではないでしょう。厚労省、農水省、環境省いずれの省も自分の管轄ではないと言って屠殺場の福祉の問題にかかわろうとしません。そのような日本で動物たちは最期の日に安らかに過ごすことすらできず、毎日命を奪われています。