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2023年調査:牛の屠畜場38%、豚の屠畜場72%に飲水設備なし

暑い夏、牛も豚も数時間、ながければ十数時間かけて輸送されて、屠殺場に到着する。屠殺の前日に搬入されるケースも多い。だが、日本の牛の屠殺場の37.82%、豚の屠殺場の71.64%の係留所には、牛や豚のための飲水設備が設置されていないことが、2023年5~7月にかけて行ったNPO法人アニマルライツセンターによる調査でわかった。

経緯

日本では1996年6月23日に出された「と畜場の施設及び設備に関するガイドライン(衛乳第 97 号)」には「獣畜の飲用水設備が設定されていること。」との規定がある。

OIE(世界動物保健機関)で2005年に策定された屠畜場のアニマルウェルフェア規約には、「動物が遅滞なくと殺されるのでない限り、彼らの到着時と、係留所内では常時、適切な飲水を動物が摂取できるものとすること」とされ、常時飲水できる設備の設置は必須事項である*1。

そのような中、2013年、屠畜場の飲水設備の設置状況の調査結果を明らかにした『と畜場の繋留所における家畜の飲用水設備の設置状況(北海道帯広食肉衛生検査所 奥野尚志(ひさし) et al.)』が日本獣医師会雑誌に掲載され、2010〜2011年の段階で、牛の屠畜場の50.4%、豚の屠畜場86.4%に飲水設備が設置されていないことがわかった。

この状況を問題視し、アニマルライツセンターでは飲水設備の設置を徹底させるため、ロビー活動を開始した。2017年2月に提出された質問主意書をきっかけとして、厚生労働省から各都道府県に対し改善通知*2が発出されたが、屠畜場を新設または改築するときは飲水設備をつけるようにとする緩いものであった。

なお、欧米向けに輸出の許可を得ている屠畜場は100%飲水設備が設置してあるが、それはEUや米国が要求する規定の中に「積み下ろし後直ちにとさつされない場合には、常時飲水できるようにすること。」と書かれているためだ。輸出用とされた牛のアニマルウェルフェアは担保され、国内消費用とされた牛は配慮されないという不平等な状況が続いている。

その後、アニマルライツセンターでは、食肉企業大手との話し合いの中で、飲水設備の設置を要望してきた。その結果、2021年に日本ハム株式会社は2023年度までに自社で持つ屠畜場全てに飲水設備を完備することを発表し、スターゼン株式会社も同様に2022年に決断し2022年中に完備済みであることを発表した。これらの改善を契機にし、アニマルライツセンターでは屠畜場へのアンケート調査を行った。

2023年の調査結果

※下記の結果には、文書と電話によるアンケート調査の結果とともに、大手企業の公表事項や屠畜場との個別の話し合い等の中で得た結果が含まれる。

牛の屠畜場=119施設

常時飲水できる設備を持つのは74件で62.18%、設置予定の4件を含めると65.54%であり、2011年からの12年間で12.58%の施設で改善が見られた。

飲水設備有り設置予定飲水設備なし不明・無回答
7441625
62.18%3.36%13.45%21.01%

豚の屠畜場=134施設

常時飲水できる設備を持つのは38件で28.36%、設置予定の11件を含めると36.57%であり、2011年からの12年間で22.97%の施設で改善が見られた。

飲水設備有り設置予定飲水設備なし不明・無回答
38114540
28.36%8.21%33.58%29.85%

アニマルウェルフェアへの国内の関心の高まりや、ESGの開示情報にアニマルウェルフェアが含まれてきたこと、市民や私達のようなNGOからのプレッシャーなどが影響し、一定の改善が見られた。しかしこの改善の速度のままでは、全施設に飲水設備が設置されるのは、牛の場合2049年まで、豚の場合2057年までかかる計算になる。

牛も豚も扱っている63施設中、豚と牛で扱いが違う屠殺場は23施設

豚と鶏は家畜動物の中でも水欠乏の影響を受けやすい*3。しかし、牛と豚両方を扱う63施設中、動物種で扱いに差がある施設が23施設あり、いずれも豚だけ飲水できないという状況だった。

牛は飲水できるが豚は飲水できない両方飲水ができない両方飲水設置予定両方飲水ができる
2310425

なお、屠畜場に到着した際に糞尿を洗い流すためのシャワーがかけられるが、これは飲水ができる状態には含まれない。OIEは「飲水は、動物がいつでも摂取でき、その提供方法は、係留される動物に適切なものにすること。」と規定しており、また、糞尿混じりの水を地面から舐め取って飲むことは衛生面での課題がある。さらに、シャワーは一時的なものであり、すぐに止まるため、牛や豚が必要とする水の量を全く満たすことができず、また多くの場合係留時間が8時間を超え、長い場合は24時間に達するため、飲水設備としては役割を果たすことができない。

動物自身が必要だと感じたときにすぐに飲めるよう、常時、新鮮な水を飲める設備が求められる。

この結果について、2011年の調査を行った奥野尚志氏(現在:一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会事務局長、北海道嘱託と畜検査員)は、改善が進んだことを評価しつつも以下のように述べている。

「飲用水設備の設置という点に関しては、極めて残念な結果であると考えます。当たり前のことですが、水を飲むことができる、水分を補給するということは生き物にとって奪われてはならない権利だからです。常に保障されていなければなりません。本来ならば、設備の形態や設置位置、設置個数等、どうすればより家畜がアクセスしやすく、より安心して十分に摂取できるか、そんなことを協議検討する、そうであってほしいと願っています。規則やきまりがあろうとなかろうと、配慮と倫理、家畜から産物を享受する者として背負っているものです。」

飲水設備がないと何が起きるのか

2010年に奥野氏が調査をはじめたきっかけは、自身が検査を行うために出向いた屠畜場で牛が斃死(へいし)した際、水が飲めない状態だと気がついたことだという。

トラックの荷台に載せられ、前後左右に揺られながらの輸送は動物にとって大きな負担だ。もちろん道中は一切水を飲めない。日本中が35度を超えるようになった今の時期(夏)は、口から泡を吹いたり、あえぐように必死で息をしている状態で運ばれてくる様子もしばしば見られる。命からがら屠畜場にたどり着き、係留所に入れられた時、水すらなく、喉の渇きに苦しむ。

豚は一日体重 1kgあたり100mlの水を飲み、暑い日には3倍になるという。屠殺場にくる豚の多くは体重約115㎏であるため1頭あたり11.5リットルの水が必要だ。8時間給水が断たれた豚が非常にのどが渇いた状態になり給水を開始していても翌日0.92%の豚が死に、4.6%の豚が病気になったという研究もある*4。頭が震え口の周りに泡がつき、正常に立ったり歩いたりができない状態や、昏睡状態に陥り耳の内側が青くなっており、検死すると脳の一部が壊死するなどが観察されている。これは急性水分喪失症候群であり、食塩中毒でもある。 軽度の場合は喉の渇き、便秘、肌の炎症、食欲不振が現れ、重度の場合はうつ病や 皮質盲(失明をもたらす)をもたらし、顔面筋や耳の痙攣、横に倒れる、無意味な放浪、物にぶつかる、頭部の震え、犬座姿勢、手足をバタバタさせるなどの典型的な発作が起こる。

牛の屠畜場の29%、豚の屠畜場の23%は24時間以上、係留することがあるが、24時間水が断たれた場合、塩中毒を起こす可能性がより高まる。

つまり、常時飲水できるようにしておくことは、アニマルウェルフェア上の配慮だけでなく、健康上の問題でもある。さらに、免疫が落ちた動物が多数集まる場所は、菌やウイルスの繁殖の場にもなりやすく、食の安全や人間の衛生問題でもあるのではないだろうか。

アニマルライツセンターは一刻も早く、すべての屠畜場に常時水が飲める飲水設備が整備されることを切望する。アニマルウェルフェアの5つの自由の一つであり、最も基本的な欲求である”水を飲む

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