鳥インフルエンザが猛威を振るっており、企業は卵製品の製造販売の中止に追い込まれている。狂牛病以降、ひさびさに畜産のリスクを食品企業が知る大きな機会になったようだ。
さて、今流行している鳥インフルエンザはH5N1亜型というA型インフルエンザウイルスのひとつだ。2003年に高病原性に変異したこのH5N1亜型インフルエンザはいくつかの意味で強烈だ。
鳥インフルエンザとはA型インフルエンザのことで、人や豚やその他多数の動物に感染するもので、全て鳥由来だ。もともと自然宿主として水鳥たちのなかで循環していたウイルスが、家禽に感染し、人に感染し、豚に感染し、パンデミックを引き起こしてきた。インフルエンザはオルソミクソウイルス科(Orthomyxoviridae)で、世界で最も多くの人間を殺したパンデミック=スペイン風邪も、1957年に流行し100~200万人が死亡したアジアかぜも、1968年に流行し50万人が死亡した香港かぜも、2009年に15~50万人が死亡した豚インフルエンザも鳥インフルエンザだ。
もともと水鳥たちが持っていたインフルエンザウイルスは低病原性と呼ばれるあまり致死性のない弱毒生のウイルスだった。それが家禽に伝染り、家禽はたいてい集約的に飼育されているためにウイルスは多数の宿主に短期間に出会い感染を広げ、強毒化し、致死性の強い高病原性鳥インフルエンザに変異していった。この変異が過去に鳥の中で人間の被害とは比較にならないほどの甚大な被害となるパンデミックを引き起こしてきた。
1959年から2019年までに、低病原性(LPAI)から高病原性(HPAI)に変異したのは42件、その中で38の変異種は根絶されているが残りの4の変異種は今でも感染を続けている*1 *2。そのなかで、現在日本を含む世界中の鳥類に蔓延してしまったH5N1は、これまでの鳥インフルエンザから次の段階に移ったと言える感染の状況を見せている。
H5N1への変異は1996年に中国南部のガチョウ農場ではじめて確認された(A/goose/Guangdong/1/1996)。翌年には家禽に感染が拡大し、人にも感染して6人が死亡した。2003年に再び中国などで発生してアジア全体に広がり、アフリカ、中東、ヨーロッパの家禽農場に広がった。2005年には日本にも拡大して約580万羽の鶏が殺されるにいたった*3。H5N1のウイルスはこの時点ですでに複数の遺伝系統に分かれており、更にその後家禽や野鳥のなかで他のインフルエンザの遺伝子と最終号を繰り返してウイルスが発展していった。2014年にはH5N8亜型、2016年にはH5N6亜型が出現し、2014年~2021年までは日本でもH5N8亜型が主流でだった。そしてついに、現在流行している2.3.4.4b クレードに属するH5N1亜型が新たに確認され、かつてない野鳥の死と、家禽のジェノサイドを引き起こした。
鳥インフルエンザは、低病原性の鳥インフルエンザが水鳥の中で循環していたものから、家禽(鶏やガチョウ)に感染して低病原性から高病原性に変異し、高変異した高病原性鳥インフルエンザが野鳥に逆流、逆流して高病原性にかかった野鳥がさらに感染を全世界にひろめ、工場畜産の中にいる家禽がウイルスの絶対量を一気に拡大させる。その過程で様々なタイプのウイルスと再集合し、変異しを繰り返してきた。
1996年に始まったH5N1亜型はこうやって発展してきて、そして今、新たな展開を迎えているだ。
後戻りできない転換点=ティッピングポイントはこのH5N1亜型が現れた頃に超えたのではないだろうか。
もはやウイルスが根絶されることはないだろう。世界で毎年700億羽以上が毎年生み出され殺されており、この数は人の手にも、自然の手にも余るのだ。家禽はもちろんのこと、野鳥の被害が拡大したことは、生物多様性、環境の変化にもつながる。なお、いつも鳥インフルエンザが野鳥のせいにされがちだが、野鳥は一方的な被害者であり、これは畜産、つまり人間の肉と卵を安くたくさん食べたいという欲求が原因の人為的な破壊であることを忘れてはならない。
人は鶏を紀元前8000年から飼育し始めたという。1億年の飼育の歴史がある中で、家禽の生産が近代化され多くの鶏を集約的に飼育するようになった100年前まで、強毒の鳥インフルエンザは発生しなかった。工場畜産が発達すればするほど、強毒の鳥インフルエンザは増加し、もはや絶え間なく発生するようになった。いまや、暑い時期でも発生が収まらないことすらある。
もうブレーキをかけることはできない。(今人間たちはそのブレーキすらかけていないのだが・・・。)
そして一度発展したウイルスをもう前の状態に戻すこともできないのだ。
ウイルスの感染自体を防ぐことは困難だ。そのことはこの3年ほどの新型コロナウイルスの騒動を見ていたのだから誰もがよくわかっているだろう。
しかし、ウイルスがその動物を殺すかどうかは、その動物の個々の状態によることもよくわかっているだろう。疾患を持っていたり、高齢者のような体の弱い状態にある人は、抗体を持っていない限りウイルスに多大な影響を受けて重症化する。インフルエンザウイルスも同様だ。
ここでアニマルウェルフェアとの関係を整理したい。上記の通り、アニマルウェルフェアの高い状態であっても感染は関係なくする。しかし、いくつかの要因でアニマルウェルフェアが高い飼育は有利だと言える。
その農場の中での伝播の速さは変わってくる。密であるケージ飼育や肉用鶏の飼育においては、感染は一気に広がる、平飼いであっても過密であれば同じだ。高いアニマルウェルフェアの農場は1㎡に1羽程度であるなど、密を避けられる状態がある。
運動が健康を保つ重要なファクターであることは誰もが知っている。そのままである。免疫力が高ければ重症化しにくいわけだが、とはいえ、人間と異なり鶏は感染が発覚した時点で殺されてしまうため関連は薄まるかもしれない。
太陽光線はインフルエンザウイルスを不活化させるため、晴天の日の日中、屋外での空気感染をする可能性が低くなる*5。なお太陽の光を浴びることでビタミンDが生成されるがこれは急性呼吸器感染症を防ぐことにつながる*4。
誤解も多い。意図的な理論の誘導なのかもしれないが、「平飼いにすると鳥インフルエンザにかかりやすい」、「自然光をいれるとかかりやすくなる」なんていう、根拠のない、非科学的なことを言う人もいる。
できるだけ高いアニマルウェルフェアを守った上で、さらにできるだけウイルスと接触させないという対策が必要なのに、窓をなくしてケージに閉じ込め自然な状態から遠ざけ、密は問題ではないと主張する人が意外に多い。
日本政府が述べる鳥インフルエンザ対策は「ウイルスからの隔離と消毒と清掃」が基本だが、実際にやっていることは「密閉と消毒」である。
ウイルスからの隔離は、相当に困難なようで、いま方法がわかっていない。
鳥インフルエンザウイルスの感染経路は、感染した鳥の糞、野鳥(カモなどの渡鳥 スズメとかはあまり感染しない)、人間、猫、ネズミなどが挙がっている(エアゾル感染もあるが長距離感染は不明*6)。農林水産省は毎度疫学調査を公表しているが、結局原因の特定はできていない。方法がもはやわからない政府は、隔離 ではなく 鶏たちを 密閉 している。その密閉の方法がウィンドレス鶏舎およびセミウィンドレス鶏舎で、窓が一つもなくて自然の光が一切はいらない鶏舎だ。だが、これには、感染を防ぐ根拠もなければ、実績もない。
2020年秋~2022年春)の鳥インフルエンザパンデミックでは42件の採卵鶏の養鶏場での発生があったが、そのうち29件がウィンドレスとセミウィンドレス鶏舎、ブロイラー養鶏場は21件中4件がセミウィンドレス鶏舎だ(今季の調査結果はまだ出揃っていない)。実績を見ればわかるが、関係がないのだ。
英国の鳥インフルエンザ予防のガイダンスを見ると「病気の発生により、鳥を屋内で飼育しなければならない場合、鳥の住居とウェルフェアを管理してください」と注意喚起し、こまかなアニマルウェルフェアの確保の方法を指導している。可能な限り自然光を入れることや、密を避けることなどももちろん含まれている。
そろそろ気がついているだろうが、鳥インフルエンザは、少なくとも、工場式の畜産では防げないし、今後も大発展していくだろう。唯一残された方法は自然の群れの数に抑えて飼育することだけなのではないかと、私たちは考えている。
鶏は3 ~ 15 羽のグループで行動し、その程度の数のときに、自然な行動を最大限発現できている。また、鶏は100頭の顔を覚えることができるため、最大でもこの位の数の接触で抑えなくてはならないのだ。
残念ながら、日頃私達が主張しているケージフリーでも鳥インフルエンザは防げないだろう。動物を心身ともに長時間かけて衰弱させていくシステムであるケージ飼育はもってのほかだが・・・
自然からかけ離れた畜産に根本的な原因があるのだから、ここから離れる他、方法はないのだ。手遅れではないことを願う。
*1 https://www.researchgate.net/publication/338727061_Pathobiological_Origins_and_Evolutionary_History_of_Highly_Pathogenic_Avian_Influenza_Viruses
*2 https://www.mdpi.com/journal/viruses/special_issues/pathogenic_AIV
*3 https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/pdf/report_2005.pdf
*4 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33340885/ https://www.nber.org/papers/w24340
*5 https://academic.oup.com/jid/article/221/3/372/5645407 https://www.aiims.edu/aiims/bird-flu/FAQ_Bird_flu.htm
*6 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1537511022002227 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5652435/