肉牛はほぼ100%、人工授精で妊娠します。
自然界であれば動物は自分で繁殖相手を選び、双方の合意のもとに交尾を行います。しかし畜産利用される牛は、自分が望んだ相手のものではない精子を植え付けられ、強制的に妊娠させられます。
メス牛だけではありません。種オス牛も強制的に精子を採取されます。彼らは擬牝台(牛の皮で作った乗駕用の台)や人工膣などのこっけいな道具を用いて精子を採取され続け、「遺伝的に優秀」だけど老齢や肢蹄故障で採精できないという時は電気ショックが用いられることさえあります。擬牝台にうまく乗らないという場合は生きた牛が乗駕用に連れてこられます。「乗駕用」には雌牛だけでなく、おとなしい雄牛、去勢雄牛が使われることもあります。
肉牛として飼育されるのは、乳牛から産まれたオスや、乳牛と和牛を掛け合わせた交雑牛(F1)、そして和牛と和牛を掛け合わせた和牛です。
繁殖のために種牛として登録されている種雄牛の頭数は乳用牛で374頭、肉牛で1613頭です*1。いっぽう、国内で毎年40万頭もの肉牛が屠殺されています。一回の射精で可能な人工授精頭数は325頭*5ということですので、この毎年40万頭もの牛たちが2000頭足らずの種牛によるものだということを考えると、近親交配が避けられない状態にあることがわかります。
肉用に飼育される牛も、酪農で飼育される乳牛と同じように、産まれてすぐに母牛から引き離されることが珍しくありません。母親から引き離され、お母さんの乳を吸いたいという欲求をかなえられなかった子牛は舌遊びという異常行動を発現させることがあります。
引き離された肉用の子牛は、2014年の国内調査*2によると、11.9%がつなぎ飼い、20.4%が1頭での単飼だということです。単飼というのは、一頭だけ囲って飼育することです。つなぎ飼い、単飼いずれも牛の自由を奪い、群れによるコミュニケーションを阻害し仲間と親和関係を結ぶことができず、牛にストレスを与えます。
繫ぎ飼い(チェーン) | 1.7% |
繫ぎ飼い(ロープ) | 10.2% |
単飼 | 20.4% |
群飼 | 63.0% |
その他 | 4.3% |
無回答 | 0.4% |
単飼される子牛。写真は日本
牛にはさまざまな痛みを伴う処置がおこなわれますが、麻酔が使われることは稀です。
子牛が初めに経験する肉体的痛みは、法律により義務付けられている耳標です。早ければ7日以内、遅ければ3か月以上で行われることもあります*3。耳標は専用の器具で取り付けられます。麻酔などはおこなわれないため、牛は痛がります。
3ヵ月が過ぎると、痛みを与えて牛を制御するために鼻輪(鼻グリ、鼻環ともよばれる)が取り付けられます。パンチング器具を使ったり、身近にあるとがったものを鼻にさしたりして穴があけられます。鼻に穴をあける行為なので、当然牛は痛がり、出血することもあります。
国内で、鼻輪の装着は、76.1%*2の農家が実施しています。麻酔は行われません。
写真は日本
肉牛のオスは、性質をおとなしくさせる・牛同士の闘争を防ぐ・人間の安全を守る・やわらかい肉質にさせる、などの理由で、去勢されます。
去勢の方法は、皮膚を切開して、精索と血管を何度か捻りながら、引いてちぎるというものです。
特別な場合を除いて、一般的に麻酔は行われません。
獣医師などではなく、ほとんどの場合、肉牛農家自らが行っています。
日本も加盟するOIEの肉用牛の動物福祉基準には次のように書かれています。
牛はできれば3 ヶ月齢より前に、またはこの年齢を超えて最初に飼養する機会に、動物に最小限の痛みや苦痛を伴う方法で去勢するものとする。
しかし、調査*2によると、日本の肉牛の90.9%が3ヵ月以上で去勢されています。
牛がまだ小さいころに、焼き鏝や刃物、薬剤などで角芽を除去することを「除角」、角が成長してから切断することを断角、といいます。(以下除角、断角まとめて除角と記します)
除角は牛同士の闘争による怪我を防ぐ、人の安全を守る、などの理由で行われています。
日本では、肉牛の59.5%*2が角を切断されており、79.4%*2で麻酔が使われていません。
牛の角は鹿と異なり神経も血液もかよっていて角を切るさいはかなり痛がります。
除角も去勢と同様、獣医師などではなく農家自身の手で行われます。
除角したあと1~2ヶ月くらい出血や膿のような汁が出て、その部分にハエ等が群がるため、虫が出ない1月か2月の寒い時期に行われることが多いようですが、農家によっては暑い時期でも関係なく行われることもあります。
除角が牛に与える苦痛は相当なもので、除去時には血が噴き出し失神する牛や、時に死んでしまうことさえあります。
除角の詳細についてはコチラをご覧ください
国内調査*3によると、子牛の時は53.1%の農家が、常時あるいは時々、運動場に(囲った放飼場)に放しているということです(40%が放さない、その他・無回答が6.8%)。
しかしこの割合は本格的な肥育(太らせる)がはじまるとガクンと下がります。
生後12か月以上の肥育牛において、88%の農家が運動場に放していない*3と回答しています。これはつまり牛舎の中に閉じ込めっぱなしということを意味します。
牛たちは運動不足で濃厚飼料を与えられ、太らされます。
牛の糞が土にかえり草が生え、その草を牛が食べるという自然で持続可能なスタイルなら、牛1頭につき1ヘクタール(100m×100m)の面積が必要だと言われています。
しかし肉牛経営はそれとはまったく異なります。狭い牛舎の中に、多量の糞をする牛を閉じ込めるという現行のスタイルでは、床が悪化し牛体が汚れ、ハエが増加するという状況を防ぐことが困難になります。さらに蹄が糞尿に浸かり、膨潤化し炎症を起こし跛行になることもあります。
牛舎の中で牛たちは、ほとんどの場合、上の写真のようにつながない方法で群れで飼育されますが、下の写真のように、繋いで飼育される場合もあります。
たとえ牛舎内であっても、つながないほうが牛の自由は広がります。しかし清潔な環境を保つのが難しいのは、どちらでも同じです。(写真はいずれも日本)
下の写真は単飼される子牛ですが、敷き藁が糞で汚れ、体にハエがたかっているのがわかります。(写真は日本)
こちらも日本。単飼される子牛です。体に汚れがこびりついているのが分かります。
胃が四つある反芻動物である牛の本来の食べ物は「草」です。しかし肥育される牛には、トウモロコシや大豆、米ぬかなどのカロリーの高い食べ物が与えられます。その割合は
粗飼料(生草や乾草)10.8% 濃厚飼料89.2%*4
ですので、いかに自然の摂理に反した食べ物が与えられているかが分かります。
濃厚飼料の多給は、牛の健康を害します。第一胃の環境悪化をまねき、ルーメンアシドーシス、肝膿瘍症候群、鼓脹症、第四胃変位、蹄葉炎などの疾病の要因になることが知られています。太らされ過ぎて転んでしまうことも珍しくありません。自分では簡単に起き上がれず、そのまま放っておくと胃にガスが溜まって窒息死してしまいます。それを防止するための『起立困難牛検知アラート』などと言うものまで開発されているほどです*6。いまだに根強い人気の霜降り肉をつくるためのビタミンAの給餌制限は失明を引き起こすこともあります。
地面に生えている草を、自分の舌で草を巻き取って食べるということができないことも問題です。
ある研究では、自分の舌で草を刈りらなければならない「放牧」と、与えられた餌を食べるだけでよい「放飼」の、好きなほうを牛に自由に選択させたところ、手間はかかるけれど自分の舌で刈りとって食べるほうを牛は選択したそうです。
自分の舌で草を巻き取って食べたいという欲求が満たされないことが、舌遊びにつながることもあります。
乳用種のオスか、交雑牛か、和牛かによって時期が異なりますが、およそ生後2-3年で出荷され、殺されます。牛の寿命は20年ほどと言われてますので、本来の1/10ほどで命を奪われるということになります。
アニマルウェルフェアの意識の低い日本では、飲水設備を設置していない屠殺場も珍しくなく、牛の場合50.4%で飲水設備がないそうです。さらに屠殺場に運ばれてきた牛たちは必ずしもその日に屠殺されるわけではなく、翌日に持ち越されることもあります。その場合、長時間にわたり水が飲めないという状況に耐え、水を飲みたいと焦がれながら牛たちは殺されることになります。
屠殺方法は、キャプティブボルト(屠畜銃)を眉間に打ち、失神させ、片足を釣り上げて逆さ吊りにして、喉を切り裂いて失血死させる、という方法で行われます。流れ作業でおこなわれるこの過程で、失神が失敗することもあれば、首を切られてから意識を取り戻すこともあります。
屠殺は安楽殺ではないのです。
*1 「ウシの科学」広岡博之編
*2 http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/H26/factual_investigation_cow_h26.pdf
*3 http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/h21/beef/no2/b_m5.pdf
*4 本格的議論のための飼料の課題 農林水産省
*5 人工授精・胚移植・凍結 弘前大学 農学生命科学部
*6 センサーによる見守りで、牛の見回り業務を大幅に軽減する『U-motion®』『起立困難牛検知アラート』
牛への愛情極まる文章として受け止めました。日本の畜産の一番の問題点で改善したいのは糞尿自動処理化ではないですか。半世紀以上遅れています。問題は施設費で、個人でできなければ畜産農家の集結化、団地化による付設投資が欠かせません。この問題を解決しないと飼育頭数の増加はできず、次世代への継承も新規参入者誘致も進まないように思います。
放牧農家はアニマルウェルフェアを強調しますが、国土の狭い日本の畜産業は、例え狭いパドックであっても飼育畜舎との接続点に糞尿分離施設を配置すれば、アニマルウェルフェアに貢献できる。農水省が一定規模以上の放牧場にのみ、排せつ物の草地への散布としてみなしていることに問題の根っこがある。これでは、糞尿処理装置の開発と進化はできない。小規模農家も建前に拘ることなく、本音を発言し、糞尿処理の自動化、糞尿分離による尿水の地域別汚水処理施設設置と回収への支援を要請すべきだ。