普通、牛のと畜(屠殺)は、まずボルトガン(家畜銃)で気絶させてから頚動脈を切断する、という方法で行われます。
しかし宗教(ハラール)と殺では、この気絶処理(スタニング)無しで、いきなり首が切られることがあります。
意識のあるまま首に深くナイフを入れられた牛は、当然苦しみ、暴れます。
日本でもスタニング無しの屠殺が行われており、放血時に暴れてしまうため下の動画のような回転式ドラムボックスを設置したという会社もあります。
ハラールと殺(動画は日本ではありません)
はじめに出てくるのがスタニング有の一般的なと殺、以降がスタニング無しのハラールと殺です。
動画は GAIA Belgiumより
http://www.gaia.be/nl
日本でのスタニング無しのハラール屠殺は、上の動画のような装置が使われる場合もあるし、人が手作業で行う場合もあります。手作業で行う場合は、牛の鼻に引き縄をつけてロープで牛の足をくくり、倒したあとで首を切る、というやり方です。(週刊金曜日2013年11月号、ハラール牛肉の供給体制の構築に向けた調査事業報告書について2014年農林水産省 参照)
食肉処理施設の獣医師や研究者らによる科学的調査により、スタニング無しのと畜が不必要な苦痛を引き起こす可能性があることが明確に示されています。
気絶なしで行われる皮膚・筋肉・気管・頚動脈など多数の神経と頸動脈の切断は、意識のある動物の脳へ知覚情報を引き起こし、無感覚に至るまでに大きな痛みと苦悩を与える。
Farm Animal Welfare Council. (2003). Report on the Welfare of Farmed Animals at Slaughter or Killing, Part 1: Red Meat Animals イギリス政府の諮問機関、家畜福祉会議(FAWC)のレポート
気絶無しのと畜は、急速な出血でもたらされる血圧の急激な低下により、意識のある動物に、恐怖とパニックを誘発させる。また動物が気管内に出血した血液を吸い込んでしまうという問題ももたらす。
気絶無しの首の切断から意識の消失までに要する時間は
羊 最大20秒
豚 最大25秒
牛 最大2分
家禽 最大2分30秒以上
魚 場合によって15分以上
Opinion of the Scientific Panel on Animal Health and Welfare (AHAW) on a request from the Commission related to welfare aspects of the main systems of stunning and killing the main commercial species of animals European Food Safety Authority (EFSA) 動物衛生福祉に関するEU科学研究グループAHAWレポート(2004年)
国内の獣医大学で採用されている教科書には、牛の安楽死の許容できない方法として「放血死」が挙げられている。放血する場合は「麻酔下で行う」とも書かれている。
JAVA(NPO法人 動物実験の廃止を求める会)が2010年に、社団法人(現公益社団法人)日本獣医学会に対して無麻酔放血殺は安楽殺か否か照会をしたところ、「安楽殺ではない」との明確な回答があった。
たとえばEUの屠殺規則はと殺時のスタニングを義務付けていますが、宗教と殺は例外としています。しかしそれでも次の国は宗教と殺であっても例外とせず、スタニングを義務付けています。
デンマーク、マルタ、スロベニア、スウェーデン、キプロス、フィンランド、ルクセンブルク、スイス、ノルウェー、アイスランド、ベルギーのワロン地域とフランダース地域、ニュージーランド
*ドイツはスタニング無しの肉の輸出を禁止
RSPCA2019 Improving the welfare of farm animals at the time of their death: The campaign to end non-stun slaughter
イギリスで最も大きい慈善団体RSPCA、イギリス獣医協会(BVA)、オーストラリアのMeat & Livestock Australia(47,500以上の畜産会社が会員となっており、畜産業のマーケティングや研究開発も行う団体)、ヨーロッパ獣医師連盟、DIALREL(宗教と殺に関する欧州の研究者グループ)。これらの団体はスタニング無しのと殺に反対しています。
『動物愛護管理法』に基づく『動物の殺処分方法に関する指針』(と畜も含む)には次の一文があります。
殺処分動物の殺処分方法は、化学的又は物理的方法により、できる限り殺処分動物に苦痛を与えない方法を用いて当該動物を意識の喪失状態にし、心機能又は肺機能を非可逆的に停止させる方法によるほか、社会的に容認されている通常の方法によること。
苦痛の大きさを考えると、スタニング無しのと殺はこれに沿ったものとは言えません。
イスラム教ではハラール(ユダヤ教ではコーシャ)という決まりがあり、その決まりに沿った食べ物しか食べてはならないとされています。 ハラール、コーシャでは「死んでしまった肉は食べてはならない」という規定があります。 スタニング(気絶処理)をして万一死んでしまうとハラールやコーシャに反してしまうということから、スタニング無しのと畜が行われています。
宗教と殺が残酷だと強調したいわけではありません。一般的なと殺よりも動物への配慮が見られる部分もあります。たとえばハラールと殺では、必須条件ではありませんが、好ましいと畜慣習として次のような推奨がされています。
しかし、スタニング無しという条件があるがために、動物への配慮が無いものとなってしまっています。
以前とは違い、いまは、多くのイスラム教徒の大多数の国(アラブ首長国連邦、サウジアラビア、マレーシア、インドネシアなど)でスタニングが受け入れられるようになっています
Determination of death – and the implications for Halal by The Poultry Site 20 June 2019
ブリストル大学の調査では、英国のイスラム学者の95%以上が、死ななかったことが示されれば、と畜前のスタニングはハラールに準拠すると考えていることを示しました。
Determination of death – and the implications for Halal by The Poultry Site 20 June 2019
2019年、トルコで最大のイスラム教グループは、「スタニングは許容できる」とビデオで公表しました
ヨーロッパ・米国のハラール認証団体は次のようにと殺のスタニングを認めています。
“”電圧や持続時間のガイドラインに従い、頭部のみの電気的スタニングを使用できる。動物を殺さない方法の非貫通式の打撃で気絶させることは許可されている。””
Islamic Method Of Slaughtering DEPARTMENT OF HALAL CERTIFICATION EU
アラブ湾協力評議会(GCC)の肉および家禽に対するイスラムハラール屠殺規制基準は、動物を殺さないことを条件に、哺乳類の頭部のみの電気的スタンニングを許可しています。この基準は、バーレーン、クウェート、オマーンカタール、アラブ首長国連邦で施行されています。
GCC Standard for Islamic Halal Slaughter Regulations for Meat and Poultry 2004 the poultry site
Briefing – Religious Slaughter compassion in world farming
スタニング無しのと畜を許可していないにもかかわらずインドネシア、マレーシア、湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council:UAE、バーレーン、ク ウェート、カタール、オマーン、サウジアラビア)などのイスラム諸国への肉の輸出貿易に成功。
RSPCA2019 Improving the welfare of farm animals at the time of their death: The campaign to end non-stun slaughter
ニュージーランドでハラール虐殺を行う施設では、可逆的な電気スタンニングが使用されている
Meat Industry Association FREQUENTLY ASKED QUESTIONS: HALAL IS HALAL SLAUGHTER REGULATED IN NEW ZEALAND?
ハラ-ル市場向けに処理されるすべての牛は、非貫通式の打撃でと畜前にスタニングされなければならない(中東にも輸出されている)。ガイドラインにハラールと殺のスタニングが明記されている。
Effects of Stunning and Thoracic Sticking on Welfare and Meat Quality of Halal-Slaughtered Beef Cattle Meat & Livestock Australia
Meat Notice 2009/08: Australian Government Authorised Halal Program – guidelines for the preparation, identification, storage and certification for export of halal red meat and red meat products
*オーストラリア国内では少数の家禽と羊を、地元のユダヤ人の消費のみを対象に、スタニング無しでと殺することは許可している。ただしネックカット後にスタニングを行わなければならない。(ネックカット後のスタニングはネックカット前のスタニングよりも、もちろん動物を苦しめる。推奨できないやり方だが、意識のある時間を短縮できる可能性はある)
Review of Stunning and Halal Slaughter Meat & Livestock Australia Locked Bag 991 NORTH SYDNEY NSW 2059 2010
人口約580万人で、そのうち30万人がイスラム教徒のデンマークでは、国内のハラールと畜でスタニングを使用。
Legal Restrictions on Religious Slaughter in Europe The Law Library of Congress, Global Legal Research Center
日本でもスタニング有のハラールと殺の実例があります。
コチラをご覧ください。
1980年代以来、ニュージーランドではハラールと畜で、頭のみの電気スタニングが使用されてきました。 頭にだけ電流が流れるとてんかん発作を引き起こし、一時的に意識が失われるが心臓は鼓動を続けます。頭のみの電気スタニングと放血を組み合わせるとグルタミン酸とアスパラギン酸の放出により無意識の持続時間が長くなります。
Questions about death of the animal when different stunning methods are used before Halal or Kosher Slaughter
by Temple Grandin 2015
Effects of slaughter method on carcass and meat characteristics in the meat of cattle and sheep By Dr M.Haluk ANIL
電気スタニングの動物福祉の問題
本来、ハラール以外の牛の電気スタニングでは、頭のみの電気スタニング後に心停止のための全身の通電が続きます。しかしハラールではスタニングで「死なせてはならない」という条件のため、頭のみの通電が求められます。また電気スタニング自体が効果的な気絶をさせるための条件をそろえることが難しいという問題もあります。
牛のような大きな種の電気スタニングは、筋肉のけいれんによる過度の出血や脊椎骨折を引き起こす可能性がある。ニュージーランドのような近代的なシステムでないと難しいCHAPTER 7: Slaughter of livestockFAO
頭のみの電気スタニング後、10秒以内放血しなければ牛は目が覚めて完全に回復する。
効果的な気絶のためには、電気を通して牛が倒れた後も電極を頭に維持し続ける必要があるが、一般的な手持ちの電極システムでは接触を維持できないことが多い(ニュージーランドのシステムでは可能)。倒れた後も接触を維持しなければ牛はショックを感じる。
“”電気的な気絶は失敗する可能性がはるかに高く、脱水状態の牛には無感覚を引き起こさない。
私は3つの異なると畜場でこの問題を観察しました。 ニュージーランドの電気スタンナーが完全に機能していたとしても、多くの動物は瞬きやリズミカルな呼吸などの感覚に戻る兆候を示しました。 脱水状態の牛の問題は、長距離輸送された牛で発生する可能性が最も高いです。 一部の牛はと畜場の飲水を拒否するかもしれません””
非貫通式のボルトは、エネルギー全体を頭蓋骨に伝達させ、その結果、脳震盪を起こすように設計されている。これは、先端に大きなボルトまたは鋼板を使用することによって実現される。「マッシュルームスタン」とも呼ばれる。成功した場合、感性の一時的な排除をもたらす
Review of Stunning and Halal Slaughter Meat & Livestock Australia February 2010
非貫通式の動物福祉の問題
スタニングで「死なせてはならない」という条件のため、より確実性のある貫通式の打撃ではなく、「非貫通式」が求められます。
貫通式に比べ適切にスタニングされず意識のあるままでネックカットされる可能性が高い。貫通式、非貫通式の比較し研究では非貫通式で血漿ノルアドレナリン濃度が上昇。
Changes in blood parameters and electroencephalogram of cattle as affected by different stunning and slaughter methods in cattle 12 April 2012EUの屠殺規則では、非貫通型のスタンナーは成牛に許可されていない。反すう動物では、体重が10kg未満の場合にのみ許可される。(ただしこの規則は宗教と畜をのぞく)
https://www.hsa.org.uk/equipment/mode-of-action非貫通式で頭蓋骨の骨が砕けてしまった場合(若い牛、高齢の牛)脳震盪に必要なエネルギーが吸収されてしまう可能性がある。頭蓋骨が厚すぎ(高齢の雄牛等)たり、脳の領域に骨の隆起がある(羊、山羊)場合、打撃力は効果的に伝達されない。非貫通式はハラールに限定して8〜30か月の牛にのみ推奨。
Review of Stunning and Halal Slaughter Meat & Livestock Australia February 20102018.2019年の研究は、成牛では非貫通式は貫通式よりも効果が低いことを示した
Oliveira et al(2018)
非貫通式
貫通式
二回目の打撃が必要
29%
12%
即時に倒れる
91%
99%
姿勢を正そうとする行動
7%
1%
鼻孔刺激への反応
2%
0%
眼球の回転
5%
1%
Gibson et al(2019)
脳波を測定した結果、貫通型でと畜された牛が100%意識を喪失しているのに対し、非貫通式は82%のみであった。
Recommended Captive Bolt Stunning Techniques for Cattle by Temple Grandin 2020
どのようなと殺であっても牛にストレスを与えますが、特にハラールは一般的なと殺より注意が必要です。非貫通式は貫通式に比べてはるかに正確な照準が必要です。
より効果的なスタニングをするためには、と畜に関わるスタッフが適切に訓練され、動物福祉に前向きな姿勢を持っていることが重要です。スタニングの機器は良好な状態に維持し、製造元の指示に従って使用する必要があります。打撃ボルトは速度が重要なので定期的なメンテナンスが必要です。一日に数回しか使用しない場合でも、使用後には清掃、注油の必要があります。
Electric Stunning of Cattle By Temple Grandin, PhD Dept. of Animal Science Colorado State University Fort Collins, CO 80523, USA (Revised January 2020)
Captive-Bolt Stunning of Livestock Maintenance HSA
Stunning and animal welfare from Islamic and scientific perspectives April 2013 Meat Science 95(2):352-361
下のビデオはハラールにおける非貫通式の打撃の様子です。初めの二回の不慣れな作業者が行ったため失敗。3回目のスタニングは熟練者により行われ成功。失敗は死の前に牛を信じがたいほど痛めつけることになります。このビデオでは失敗した時のための予備のスタナーが用意されていません。このような不手際なことは国内のと畜場ではないと思われますが、予備のスタナーを用意しないことはもちろん許されず、用意しておく必要があります。
ハラールと殺でのスタニングが主流になっていますが、まだスタニングを行っていない会社もあります。また、輸出ではなく国内消費向けのハラールと畜では実態を把握できていない状況にあります(情報がありましたらアニマルライツセンターまで情報をお寄せください animalrightscenter@arcj.org )。
ハラールと殺には、気絶効果が低いものになる可能性があるという大きな問題もあります。ボルトガンなどによる打撃が失敗すると牛は苦しみます。失敗して二回目の打撃が加えられることは非常な苦しみです。貫通式の打撃スタニングでも心臓は最大8-10分鼓動し続けます。死の定義を心拍の停止として使用する場合、貫通式であってもハラールと殺として有効なはずです。
Questions about death of the animal when different stunning methods are used before Halal or Kosher Slaughter by Temple Grandin 2015
アニマルライツセンターは、現在行われているスタニング無しのハラールと畜について、スタニング有への切替をお願いすると同時に、現在のハラールと殺が認めるスタニングの条件が変更されるまでは、これ以上ハラールと殺が拡大しないような取り組みもしてまいります。
私たちアニマルライツセンターは、と殺を管理する厚生労働省に、ハラールと殺の問題について要望しています。 みなさまからも、ぜひご意見をお願いします。