2013年、日本も加盟するOIE(世界動物保健機関)コード(規約)の動物福祉の章に、「アニマルウェルフェアと肉用鶏生産方式」「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム」が追加され、さらに2015年には「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム」が追加されました。
これらのOIEコードと日本の畜産の現状の間、OIEコードと日本国内のガイドライン「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針」の間にはズレが生じています。
このため国際基準でありより動物福祉の充実しているOIEコードに沿うよう、PEACE、ヘルプアニマルズ、アニマルライツセンターの三団体で、関係機関に働きかけました。
農林水産省生産局畜産部畜産振興課(畜産動物のアニマルウェルフェア担当課)
ご担当者殿
2015年7月21日
PEACE
ヘルプアニマルズ
アニマルライツセンター
平素より、国のアニマルウェルフェア業務を担われ多忙なことと存じます。また、いつも我々動物福祉を気にかけるものの声に耳を傾けてくださり、ありがとうございます。
貴殿もご存知の通り、畜産動物の生産方式として、すでに「アニマルウェルフェアと肉用鶏生産方式」「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム」のOIEコードがございます。また、先日は「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム」のOIEコードが採択されました。
これを受けて、以下の質問を提出します。
OIEコードに関する公開質問状
【質問1】ブロイラーの暗期の設定について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用鶏生産方式」には、
『各24時間の間に、当該肉用鶏の休息を可能にする適切な継続した暗期が設けられるものとする。』と記載されています。
また、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応したブロイラーの飼養管理指針」には、
『一定時間の暗期を設けることは、突然の停電時のパニックの防止に有益であるとともに、飼料効率や育成率の改善にも効果があることが知られている。』と記載されており、暗期の設定がアニマルウェルフェアだけでなく、生産性の向上にも有効だということが示されています。
しかしながら、2014年度国産畜産物安心確保等支援事業における「飼養実態アンケート調査報告書」によると、ブロイラー農家の68.1%が、暗期の設定をしていないことが分かっています。
ブロイラーの暗期の設定を普及させるために、国としてどういった取り組みをしているか、ご回答下さい。
【質問2】肉用牛の去勢について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム 」には
『生産者は、とりわけ高齢動物における肉用牛の去勢を目的とする無痛法又は麻酔薬の使用の有無及び妥当性に関し、獣医師の指導を求めるものとする。 』と記載されております。
いっぽう、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」には、去勢時の麻酔や獣医師の指導についての記述はありません。
しかしながら、肉用牛に麻酔なしでの去勢も行われていることを私たちは把握しています。
高齢牛に対して、OIEコードにあるような配慮がされるよう、国としてどのような取り組みが行われるか、ご回答ください。
【質問3】肉用牛の除角について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム 」には
『除角(摘芽を含む)
牛は、実用的な場合には、角の発育が依然角芽の段階にある間に又はこの月齢を超えて得られた最初の取り扱いの機会に、除角されるものとする。これは、角の発育が依然角芽の段階にある場合には、当該手法による組織の損傷が少なく、角と当該動物の頭蓋骨が付着していないからである。』と記載されています。
また日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」には
『実施に際しては、角根部を触ると角がわかるようになる時期以降に、また、除角によるストレスが少ないと言われている焼きごてでの実施が可能な生後2ヶ月以内に実施することが推奨される。また、子牛市場からの導入後に除角を行う場合は、可能な限り苦痛を生じさせない方法により行うこととする。』と記載されています。
このように若齢での除角が推奨されているにもかかわらず、2014年度国産畜産物安心確保等支援事業における飼養実態アンケート調査報告書によると、除角する農家の85.2%が3ケ月齢以上で除角していることが分かります。
子牛市場への導入前のもっと早い段階での除角を普及させるために、国としてどのような取り組みが行われるか、ご回答ください。
【質問4】肉用牛の除角について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム 」には、
『生産者は、角の発育がさらに進行した場合には、とりわけ高齢動物における肉用牛の除角を目的とする無痛法又は麻酔薬の使用の有無及び妥当性に関し、獣医師の指導を求めるものとする。』と記載されています。
いっぽう、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」には、除角時の麻酔や獣医師の指導についての記述はありません。
しかしながら、2014年度国産畜産物安心確保等支援事業における飼養実態アンケート調査報告書によると、除角する農家の79.4%で麻酔を使用していないことがわかっています。
高齢牛に対して、OIEコードにあるような配慮がされるよう、国としてどのような取り組みが行われるか、ご回答ください。
【質問5】乳用牛の繋ぎ飼育について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム 」には
『家畜管理飼養者は、牛が繋がれている場合には、ウェルフェア上の問題のリスクが高まることを認識しておくものとする』と記載されています。
日本における搾乳牛の多くが「繋ぎ飼い」であることから(2014年度国産畜産物安心確保等支援事業における飼養実態アンケート調査報告書によると、搾乳牛の主な飼育方法は「つなぎ飼い」が72.9%)、上記のOIEコードのような記述を、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針」に追加することは可能かどうか、ご回答下さい。
【質問6】乳牛の除角について。
OIEコード「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム」には
『麻酔及び無痛法の使用は、摘芽を実施する場合には、強く推奨されており、除角する場合には、常に使用されるものとする。』と記載されています。
いっぽう、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針」には、摘芽・除角時の麻酔及び無痛法の使用についての記述はありません。
しかしながら、2014年度国産畜産物安心確保等支援事業における飼養実態アンケート調査報告書では、乳用牛の除角をする農家の45.3%が3ヶ月齢以上で除角しており、そのうち85.1%で麻酔が使用されていないことが分かっています。
乳用牛の摘芽・除角時の麻酔及び無痛法の使用を普及させるために、国としてどのような取り組みが行われるか、ご回答ください。
以上。
農林水産省生産局畜産部畜産振興課より回答
我が国の畜産が安定的に発展していくためには、家畜の生産性の向上を図っていくことが重要な課題である考え、家の飼養管理を行う上で、家畜を快適な環境で飼養することは、家畜が健康であることによる安全・安心な畜産物の生産につながり、また、家畜の持っている能力を最大限に発揮させることにより、生産性の向上に結びつくものと考えています。
このような考えの下、「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針」を策定したところであり、セミナー開催やパンフレットの配布等を通じてその普及に努めているところですが、今後とも当該指針の普及に努めてまいりたいと考えています。
なお、この指針は科学的な知見が得られた場合や国際的な動向の変化等に対応し、必要に応じて見直しを行う事としておりますので、今回ご指摘をいただいた事項については、専門家等のご意見も参考にしつつ、見直しを含めて検討してまいりたいと考えています。
(以上)
その後、公益社団法人畜産技術協会において、OIEコードに整合したブロイラー、肉用牛、乳用牛それぞれの飼養管理指針(アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針)の改定を検討中だということでしたので、2016年2月12日に、整合が必要だと考えられる部分について意見書を提出しました。
2016年6月に発表された改訂版を読むと、私たちの求めていた通りになった部分もありますが、OIEの動物福祉レベルには満たないままの箇所も残りました。
1.肉用牛の去勢について
私たちが求めた箇所:
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム 」には『生産者は、とりわけ高齢動物における肉用牛の去勢を目的とする無痛法又は麻酔薬の使用の有無及び妥当性に関し、獣医師の指導を求めるものとする。 』と記載されていますが、肉用牛の飼養管理指針には、去勢時の麻酔や獣医師の指導についての記述はありません。この点の整合性を求めていました。
『去勢を実施するにあたっては、離乳時期と重ならないよう考慮する等、牛へのストレスの防止や感染症の予防に努めつつ、』
という記述が
『去勢を実施するにあたっては、獣医師等の指導の下、離乳時期と重ならないよう考慮する等、牛へのストレスの防止や感染症の予防に努めつつ、』
に変更。赤字の部分が追加になりました。しかしOIEコードにある「無痛法又は麻酔薬の使用」の記述は追加されませんでした。
2.肉用牛の除角ついて
私たちが求めた箇所:
OIEコード「アニマルウェルフェアと肉用牛生産システム 」には、『生産者は、角の発育がさらに進行した場合には、とりわけ高齢動物における肉用牛の除角を目的とする無痛法又は麻酔薬の使用の有無及び妥当性に関し、獣医師の指導を求めるものとする。』と記載されていますが、肉用牛の飼養管理指針には、除角時の麻酔や獣医師の指導についての記述はありません。この点の整合性を求めていました。
『除角を行う際は、牛の健康状態をよく観察した上で離乳時期等と重ならないよう配慮する等、』
という記述が、
『除角を行う際は、獣医師等の指導の下、牛の健康状態をよく観察した上で離乳時期等と重ならないよう配慮する等』
に変更。赤字の部分が追加になりました。しかしOIEコードにある「無痛法又は麻酔薬の使用」の記述は追加されませんでした。
3.乳用牛の繋ぎ飼育について
私たちが求めた箇所:
OIEコード「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム 」には『家畜管理飼養者は、牛が繋がれている場合には、ウェルフェア上の問題のリスクが高まることを認識しておくものとする』と記載されています。このような記述を、日本の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針」にも追加することを求めていました。
私たちが求めていた記述は盛り込まれませんでした。
そして「繋ぎ飼い方式」の項目には下記が追加されました。
・牛を繫ぎ飼いする場合には、牛が自ら起立・横臥・身繕いができるように配慮し、正常な姿勢がとれ、頭が自由に動くこと等が必要である。
・カウトレーナーを使用する場合には、適切な方法で設置・使用されているかを確認することが必要である。
この2文の追加は確かにOIEコードに合わせたものになっていますが、本来ならば一つ目には「牛が回転できること」も含まれてはずだったところ、日本がOIEに「舎内では回転できなくてもよい」とのコメントを提出した為、それが採用され、このような一文になってしまいました。
二つ目も本来なら「カウトレーナーそのものを使用しない」という内容になるべきところを、日本側が「カウトレーナーは正しく使えばむしろ高いウェルフェアをもたらす」とのコメントを提出した為、カウトレーナーを認めた一文となってしまいました。
4.乳牛の除角について
私たちが求めた箇所:
OIEコード「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム」には『麻酔及び無痛法の使用は、摘芽を実施する場合には、強く推奨されており、除角する場合には、常に使用されるものとする。』と記載されていますが、乳用牛の飼養管理指針には、摘芽・除角時の麻酔及び無痛法の使用についての記述はありません。この点の整合性を求めていました。
『除角を行う際は、牛への過剰なストレスを防止し、可能な限り苦痛を生じさせない方法をとることとする。』
という記述が、
『除角を行う際は、牛への過剰なストレスを防止するため、可能な限り苦痛を生じさせない方法をとることとし、必要に応じて獣医師等の指導の下、麻酔薬や鎮痛剤等を使用することが望ましい。』
に変更。赤字の部分が追加になりました。肉牛とは違い、乳牛については「獣医師」だけでなく「麻酔」も盛り込まれまれることになりました。
前よりは、ほんの少しだけですが、動物福祉に配慮したものには改訂されました。しかしまだ国際基準に追いついたものになっているとは言えませんので、今後も働きかけを継続していきます。