固いコンクリートの汚い床の上で飼育されているこの牛は足を引きずっています。奥にいる牛は立ち上がるのが困難な牛のための開脚防止バンドを取り付けられています。
跛行(はこう)とは足を痛め、ひきずって歩くことです。
跛行は、乳房炎、繁殖障害とともに乳牛の三大疾病の一つとされています。
酪農の大規模化と「品種改良」による乳量増加が進んだことにより、跛行は増大しています。
2017年4月16日の日本農業新聞によると、2015年から牛の蹄病について初の全国調査を行っている日本装削蹄協会は、予備調査した10農場の乳用牛1838頭のうち35%に何らかの蹄病の症状があると中間報告でまとめているそうです。
乳牛の跛行は疾患の問題ではなく、アニマルウェルフェアの問題だと広く認識されています。
イギリスでは乳牛の跛行を重大な虐待と捉え、非難の対象となっているそうです*1。
虐待と言われてもおかしくないほど、跛行する牛の苦痛は大きいものです。
写真・動画はいずれも日本
跛行になった牛は休息、摂食、飲水、繁殖などあらゆる行動に影響を及ぼします。足の痛みから餌を食べに行くことすらしなくなる牛もいます。乳生産量が低下することも明らかになっています*2。
跛行は、生産性を重視して牛本来の生態や動物福祉に配慮しないことが根本的な原因となっています。
日本の乳牛のほとんどは牛舎内でのつなぎ飼い。つないでない場合でも牛舎の中だけの飼育で牛たちは運動不足です。牛は本来、コンクリートではなく牧草地のような柔らかい場所を歩くように進化してきたので、草地に出る機会を与えないと牛の跛行は増加します*2。
乳牛で大きな問題になっているラムネス(歩行異常)については柏原(2007)が計590頭の搾乳乳について調査を行った。すなわち、歩行中の乳牛の動作をデジタルカメラで撮影し(中略)昼夜放牧、時間制限放牧および放牧をまったく行っていないフリーストール飼養で観察された各スコアの割合は、どの分類においてもスコア1(正常)がもっとも多かったが、昼夜放牧および時間制限放牧ではその割合は76~83%であったのに対して、放牧をまったく行っていないフリーストールでは50%程度であった。また明らかな歩行異常は、昼夜放牧、時間制限放牧では0~1頭であったのに対して、フリーストールでは3~16頭を占めた*6。
世界規模の研究により、蹄障害や跛行は永続的舎飼いシステム及び季節限定放牧システムの冬季間で有病率が高いことがわかった。趾皮膚炎(DD: Digital Dermatitis)や蹄底出血、膝の腫れなど脚障害も牧草地へのアクセスの無い牛群により多い。良い状態である牧草地が起立に快適であり健康的な表面であれば、それは蹄の健康を改善する*4。
短期間の牧草地へのアクセスでさえ跛行牛の回復に役立つことがある。歩行能力を評価する易動性スコアは、永続的な屋内飼養の牛と比較して、牧草地では平均0.22改善(1スコアと測定される場合:5まで:重度の跛行)*4
飛節周囲炎(関節炎)もまた、舎飼いの乳牛によく見られる症状として知られています。つなぎ飼いで自由な動きが制限され、不自然な動作で寝起きを繰り返すことで擦り傷ができ、そこから細菌感染します。悪化すると潰瘍化したり、膿瘍を形成したりします。飛節周囲炎(関節炎)の疼痛で牛は跛行し、次第に痩せ細ります。
運動器疾患の中で飛節周囲炎(いわゆる関節炎)は、一般的に起伏時の飛節への圧迫や挫傷等が誘引となり舎飼い経産牛に多発し、治療しても再発を繰り返し、常に乳牛の死廃事故原因の第1位を占めている。また、乳量の減少だけでなく、飼料の摂取量や繁殖にも悪影響を及ぼし、乳牛の寿命を短縮し、酪農経営にとって大きな経済的損失をもたらしている。
(引用元:畜産技術ひょうご79号 発行:2005年12月28日)
牛がコンクリートの床の上を歩いている光景や、糞尿だらけの床のうえで過ごしている牛を見かけることがありますが、そのような飼育方法で跛行のリスクになります。
蹄障害は、藁敷、スラット(羽根板)、ゴム製床に比べ、固いコンクリート床で増加します*4
コンクリート床は物理的な損傷だけでなく、蹄底や白帯の出血、蹄底潰瘍、趾皮膚炎、踵糜爛(かかとのタダレ)などの発症を促進するリスクファクターであると言われています*2。コンクリートの上の溝切りは両刃の剣です。滑りやすさを防ぐと同時に蹄の摩耗が増加します*8。
コンクリート床は、蹄を過度に、あるいは不均衡に摩耗することから、AW問題となる。
近年問題になっているウシの蹄皮膚炎も、土、放牧地、あるいは溝切りのないコンクリート床よりも溝切りコンクリート床で多く発生し、それは蹄の摩擦度が影響すると言われている。過度の摩耗は、真皮の損傷につながり、感染の危険が増大する*9。
乳牛の蹄は素早く水分を吸収する性質があるので、糞尿などで湿った床で飼育すると、水分を吸った蹄は柔らかくなり、より摩耗しやすくなります*2。
蹄が糞尿などに浸かり、膨潤化すれば、蹄の硬さは急激に弱まり、感染の危険はさらに高まる。蹄球糜爛、蹄皮膚炎、蹄底潰瘍の発生と繋留ストール後部の糞尿除去との関係も報告されている*9。
牛舎で滑って転倒することも跛行の原因となります。溝切りコンクリートは滑りを軽減させます。しかしそれでも土よりも滑りやすいのです。
溝切りコンリートでは滑りやすさは土より70%増加し、そこに糞尿がたまればさらに50%増加する。そこでは歩行速度は優位に遅くなる*9。
乳牛は、伏臥休息から立ち上がる時、また立位から伏臥休息をする時に前脚の膝を床につけて体重をかけるので、敷料が十分にないと膝を痛める原因にもなります*2。
ホルスタイン種以外の種では、跛行のリスクが低いことが分かっています*4。
乳量増加に特化して「品種改良」されてきたホルスタイン種は、ジャージー種よりも跛行が多いといわれています*2。
「品種改良」されて高泌乳量となった牛には、エネルギーを補うため濃厚飼料が多給されますが、それによりルーメンアシドーシス(第一胃内のpHが低下(酸性)した状態)が多発しています*7。そしてルーメンアシドーシスにともなって第一胃内で産生された乳酸、ヒスタミンやエンドトキシンが、蹄真皮に分布する毛細血管の血行障害をおこし、蹄葉炎(蹄の炎症)を引き起こします。蹄底の角質に円形および類円形の欠損ができ、中から真皮層でつくられた赤い肉芽組織が盛り上がり、激しい痛みや出血を伴い、重度の跛行を呈します*3。
牛の足は硬い蹄という靴をはいた状態になっています。その中には蹄骨が葉状層と真皮層に包まれており、自分の横臥する場所のない狭い牛舎の中で起立時間が長くなると、そこが炎症を起し、充血と陣痛を伴うようになります。牛は一本の足に140kgという自重がかかっており足への負担は大きいものがあります*5。
日本で、つなぎ飼いの次に多い飼育方法はフリーストールですが、国内調査によると一頭当たりのスペースは5-6㎡のところが多いようです。5-6㎡というのは、およそ2m×2mくらいということですから、体調170センチの乳牛にとって十分とはいえないように思えます。
写真は日本。のびきった蹄。
コストを気にして削蹄しないことも跛行の原因となります。爪が過剰に成長して、変形し、さらには足まで変形したり、蹄病を引き起こしたりします。
写真は日本。足に立ち上がることが困難になった牛につける開脚防止バンドが取り付けられています。
*1 日産合成工業株式会社 ニッサン情報 第 69 号 蹄病(ルーメンアシドーシス)
*2 カウコンフォートを考える3 ー乳牛の跛行ー 広島大学大学院生物圏科学研究科附属瀬戸内圏フィールド科学教育研究センター・カナダ農業・農産食料省の太平洋農業・農産食料研究所
*3 日産合成 工業株 式会社 学術・開発部「酪 農 ・ 豆 知 識 第 15 号 恐ろしい乳牛の産後疾病(3)」平成 20 年 8 月
*4 August 2013 Information sheet 3 -Welfare of the Dairy Cow www.compassioninfoodbusiness.com
*5 雪印種苗株式会社 畜産技術情報「飼養密度と生産性」
*6 2013年3月号「畜産コンサルタント」
*7 兵庫県立農林水産技術総合センター「分娩前後の乳牛におけるルーメンアシドーシスの病態」
*8 蹄病コントロールに関する講習会の開催報告
*9 「牛の科学」広岡博之 編 より引用
*10 乳用牛飼養実態アンケート調査(中間とりまとめ)
参考資料
■「牛の跛行マニュアル―治療とコントロール」
蹄病は治療すれば治ります。手間をかけて治療する農場もあります。
削蹄も大抵の農場で行われているようです。年に2回でも、爪を良い状態に保てます。
日本削蹄協会の調査によると、
乳牛の蹄病35%
別の調査でも39%とされている。