2014年の調査では、日本の養豚の81.5%で尾の切断が行われているということです*1。
2007年の調査では77.1%でしたから、そのころより切断率が上がっているということになります。これらの切断は子豚の生後2-3日目に、基本的に麻酔なしで行われます(91.3%の農家が麻酔なしで切断*17)。
断尾される子豚は痛みと恐怖で逃れようともがき、筋肉を緊張させる。写真はAndrewskowronのサイトから
豚が他の豚の尾をかじるのを防ぐためです。
尾をかじられると肉を毀損します。つまり養豚業の利益のために行われています。
「尾かじりは膿瘍を作る原因となりやすく、膿毒症まで進行することも多いです。主に、化膿菌が尾から脊髄にかけて侵入し、臓器(肺や肝臓など)にも膿瘍を転移させると考えられています。膿毒症はと畜検査において「全部廃棄」になる病気で、長崎県でも全部廃棄になる原因の上位にあります。」*4
豚本来の習性を発揮できる環境で飼育されていないからです。
建物の中・高い飼育密度・スノコの上・何もない豚舎、これらは豚の欲求を満たすことができません。
「餌を得るための探査行動は動物にとって強い欲求を持つ行動の一つである。特にブタは嗅覚が優れており、強靭な鼻を利用して土を掘り起こすルーティングやものを噛むチューイングといった行動に対して強い発現欲求を持っている。その行動を制限されることでブタは強い欲求不満状態に陥る。十分に発現できない行動に対してブタは、施設をかじることや他個体の尾や耳をかじること、もしくは攻撃行動といった行動に転嫁して発現するのである。」*5
「尾かじり」は飼育環境のストレスの指標であり、尾かじりする動物はその福祉が貧困であることを示しています。
豚の尾には、先端まで末梢神経が伸びており、麻酔なしで行われている尾の切断は、痛みで豚を苦しめます。
豚の尾を温水に浸した際の反応行動を見ると、尾が豚の全身に影響を与えることが示されます。
尾の切断の痛みは切断時だけではなく、神経種形成により長期間の痛みも引き起こします。切断された末梢神経の再生過程で痛覚過敏が現れる可能性もあります。
また、豚はコミュニケーションに尾を使うことが知られており、尾の切断は豚の意思疎通を阻害します。
「尾の切断時の動物の痛みは中程度のようだが、神経腫形成により長期の痛みを経験する可能性がある」*2
「50%以上の尾の切断は、少なくとも切断後6時間の痛みを引き起こし、切断部分が多ければ多いほど痛みも増す。加えて切断部分が多ければ神経腫形成も増え、知覚過敏すなわち痛みへの感受性の増大と自発痛のリスクの増加につながる。尾の切断はまた、豚のその後の社会的行動に影響を与える。」*3
切断される場所によっても痛みの度合いは変わります。先端よりも根元で切断されたほうが、豚の苦悩が増します。2007年に実施された調査では、日本の尾の切断箇所は次のとおりです。
日本における尾の切断の位置
後述するように、1/2以上の断尾は許可されていない国もありますが、日本にはそういった規制は一切ありません。
一般的に断尾は尾かじりを減らすと考えられています。それは、尾がなければ、豚は尾をかじらないと思われているからです。しかし尾のある豚であってもかじられる頻度はかわらないことがわかっています。
「切断された尾は接触や口の刺激に対してより過敏になるため,断尾された豚は,断尾されていない豚よりも尾かじりによる反応が早く、傷つくことを避けようとするようだ。さらに進んだ研究において,Simonsen(1995)は断尾された尾とされていない尾では、豚が尾を口の中に入れた回数に違いはなかったと発表した。この結果は、尾かじりを減らすのが、お農務ではなく、切断された尾の感受性の増加に因することを示唆している。」*6
尾かじり対策として、現在も尾の切断が当たり前のように続けられていますが、そもそも効果があるのかという疑問の声もあります。
「すでに1959年、ヨーロッパではこれを疑問視する声が出ていた。そして尾の切断をされた豚において、今日でもやはり尾かじりと尾への損傷はおこっている。オランダの豚の99%以上で尾の切断が行われているにも関わらず、依然としてオランダの養豚場の1~2%で尾かじりの問題を抱えており、尾かじりの問題が起こったことがないと報告しているのは、35~50%の養豚場だけである。((Brackeら 2013)」*7
また次のようにかえって尾かじりを増やすという報告もあります。
「ブタが尾かじりを行う原因は正常行動の不十分な発現だけではない。尾かじりを予防するための断尾が、その尾かじりを助長させているという報告もある。イギリスの92農場を対象として尾かじりが起こる危険因子を調査したところ、断尾を行うことによって尾かじりが起こるリスクが3倍にも増加していた。ほかの要因としては、離乳までの栄養障害も指摘されている。出生から離乳までの増体が285g/日の個体よりも260g/日の個体、つまり成長が悪かった個体で尾かじりを多く発現していたという報告もある。」*8
「断尾が完全に禁止されているフィンランドの、2013年の2つの大きな食肉処理場データによると(豚約1,6万頭のデータ)尾かじり率は2,3%であった。これらの農場は、1頭当たりの飼育密度が0.8-0.9 m 2。(一般的な飼育密度よりも低い:アニマルライツセンター注)毎日豚が遊べる材料が与えられ、十分な給餌スペースが確保されている。」*9
2014年、EFSAの報告書は、適切な環境を与えれば、尾の切断をしなくても尾かじりを管理することができると結論づけています*10。
「断尾されていない豚が,適切な飼料が供給され,十分な給水量があり,ワラまたは動かして遊べる素材,あるいは鼻で地面を掘れるような環境が与えられており,適正な密度で飼養されている時,尾かじりの問題はほとんど無い(Putten 1980,Feddesand Fraser 1993, Fraser 1987 a, b, Fraserand Broom 1990)」*6
「ワラの欠如は、尾かじりのリスクを高める。しかし、ワラの量(限定された量の藁よりも床すべてを藁にするほうが良い)とその質(みじん切りよりも長い藁のほうが良い)も重要でもある。」*2
「わらや麻袋などが用意された、より良い環境(エンリッチメント)では、尾かじりや尾の損傷を大幅に減少させることができるが、完全には排除できない。従って、可能な限り豚房の他の仲間への注意をそらすために、エンリッチメントな素材を提供することが非常に重要」*7
「ワラの使用は、尾かじりを許容範囲内で管理する方法の一つです。ワラと自然光を提供する養豚場では尾を切断された豚で1.2%、尾を切断していない豚で4.3%と尾かじり率を下げることができた。(全体の平均は尾を切断した豚で2.4%、切断されていない豚で8.5%)。また、適切な給餌スペースを確保することで、尾の切断されていない豚の尾かじり率が3.9%まで減少させた。」*9
「最近の研究では、豚の早期育成期間が尾かじりの対策に重要であると言われています。生後4週間の間に藁などの敷料を与えられていたブタは、肥育小屋の中で有害な社会的行動の率が低いということです」*9
「離乳後の過度な尾かじりは、麻のロープや新聞紙で減少させることができます」*9
スノコ床は糞尿の管理がしやすいため利用されていますが、本来土の上を歩く豚にとってはストレスとなります。スノコ床は尾かじりのリスクとなることも報告されています*2。
EUではスノコ床の面積制限があります。デンマークのように2020年までにスノコ床を完全廃止する予定にしているところもあれば*13、アイスランドのように床の2/3はスノコであってはならない国もあります*16。
しかし日本ではスノコの使用に利用制限はなく、スノコ床が多用されています。
2014年に調査*1された、日本の養豚でのスノコ利用の割合
50%以上がスノコ床の割合
離乳~30kg | 59.1% | うち44.6%が100%スノコ床 |
31~70kg | 33.4% | うち16.6%が100%スノコ床 |
71kg以上 | 26.2% | うち11.2%が100%スノコ床 |
フィンランドでは2003年に尾の切断が禁止されてから、どうしたら尾かじりを防げるのかを学ぶ必要がありました。その結果、最適でない給餌が尾を噛むリスクを最大にすることが分かったそうです。豚が空腹にならないようにしながら、豚の胃腸管を健康に保つたなければなりません*18。食事にナトリウム(塩)や必須アミノ酸が足りないこと、夏の間の飲料水の品質や水の欠乏、繊維質の食べ物の過不足も尾かじりのリスクと考えられています*2。
通常子豚は生後21日という早期離乳が行われます。これは子豚にとって大きなストレスになります。しかし7週間または9週間後に離乳した子豚は、尻尾、耳を吸う、および腹を噛むなどの望ましくない行動が少ないことが示されています*19。さらに離乳時期をのばすことで子豚は健康になり、抗生物質の使用を減らすことにもつながります。
その他、温度、飼育密度も尾かじりに関わってくると考えられています*2。
日本 | なし |
EU | 尾の切断は日常的に行われてはなりません 。尾かじりが発生したという証拠があるときのみ*11。しかしながら、スウェーデンとフィンランドを除くすべてのEU加盟国でテールドッキングが引き続き実行されている*20。 |
デンマーク | 尾の損傷が実証されたときのみ切断可能。ただし1/2以上の切断は許可されない*2。 |
スウェーデン | 尾の切断は許可されない*2 law SFS 1988:534 §§ 2, 4, 10 |
フィンランド | 動物の尾の切断は苦痛を引き起こすとして禁止*2*18 law 2002:0910 |
リトアニア | 尾の切断は禁止*2 |
ノルウェー | 医学的な理由があるときだけ、麻酔と長期の鎮痛剤を使って切断することができる*2。 Regulation for Housing of Swine from 2003, § 10 |
カナダ | 2016年7月1日から、年齢かかわらず痛みを制御する鎮痛剤を用いて行われなければならない*12。 |
ドイツ | 規制はないがEUの圧力を受けて、2019年からドイツの国家行動計画「Kupierverzicht」において、尾の切断を減らす取り組みを開始*21。 |
オランダ | 尾の切断はまだ禁止されていないが、オランダ農業園芸連盟、オランダ養豚組合、そしてオランダ動物保護協会が、尾の切断を減らすとした2013Dalfsen宣言にサインしている*7。(Dalfsen宣言はオランダ省にサポートされている) |
アイスランド | 尾の切断は禁止*15 |
フードサービスを中心に多角経営をおこなっているsodexoはイギリスおよびアイルランドで、サプライチェーンにおいて医学的理由がない尾の切断をしないと約束しています麻酔なしでの尾の切断の問題に取り組むと公表している*16。
タイ最大の食品企業であるCPF(Charoen Pokphand Foods)は断尾を避ける方針をとっている。2019年には3000頭以上の子豚の断尾を中止した。
CPF to further promote natural behaviours of livestock to avoid pain and injury 23-Jun-2020
もし、舎飼いを続けるのならば尾かじりにどう対処するのかを考えなければなりません。
断尾は尾かじりに効果がないという調査もあるものの、「完全に防ぐことはできないが、ある程度効果はある」という報告が一般的のようです。屠殺場データでは、断尾で尾かじりのリスクを1/2にすることができるというものもあります*9。
断尾は非人道的な所業ですが、尾かじりされた豚が苦しむのもまた間違いありません。尾かじりされた豚は急性の痛みに加えて感染症のリスクが有意に高くなります。
しかしその尾かじりを防ぐために行われる断尾も豚を苦しめています。
「断尾は神経腫形成の有病率の増加を引き起こし、尾の切断部分が大きいほど、神経腫形成の有病率が高いことも報告されている。尾の切断が、主要な組織損傷につながる危険があることは明白であり、非衛生的な尾の切断は、脊髄膿瘍や関節炎の潜在的なリスクであることも示唆されています」*9
ヨーロッパ諸国のと畜場では尾かじりが1~2%、日本国内での尾かじりの発生率は2~3%と言われています*14。尾の切断をして一部の豚の尾かじりを防止するのか、尾の切断を止めてすべての豚の福祉を向上させるのか、「最大多数の幸福」という観点からなら、どちらを選ぶべきかは明らかだといえます。
豚の尾を切断するという惨い行為に加担したくなければ、そのような牛乳や乳製品、豚肉製品の購入をやめるしかありません。
しかし豚肉製品のパッケージに切断の有無の記載はありませんので、メーカーに問い合わせる必要があります。ほとんどのメーカーは農場に問い合わせて確認してくれるはずです。消費者が豚の福祉をきにかけているという問い合わせは、企業の動物福祉への意識を高めることにもつながります。
一歩進んで豚肉製品の購入をしないという方法もあります。幸いなことに最近では肉製品の代替品が多数でまわっています。
栄養学的に必須アイテムではない豚肉を無理に購入する必要はないのです。
どうしても豚肉が必要なのであれば、断尾をしないで、真剣に動物福祉を考えて飼育している少数の農家もいらっしゃいます。そういうところから購入することもできます。
私たちにはたくさんの選択肢があります。私たちの一つ一つの選択が、動物の幸せにつながっています。
*1 飼養実態アンケート調査報告書 2014年 http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/index.htm
*2 EFSA(European Food Safety Authority)「The risks associated with tail biting in pigs and possible means to reduce the need for tail docking considering the different housing and husbandry systems」2007年
http://www.efsa.europa.eu/sites/default/files/scientific_output/files/main_documents/611.pdf
*3 PIG PROGRESS「Tail biting and tail docking」2013年
http://www.pigprogress.net/Growing-Finishing/Environment/2013/1/Tail-biting-and-tail-docking-Biology-welfare-economics-1162311W/
*4 長崎県食肉衛生検査情報発信委員会「食肉衛生検査情報」2013年
*5「畜産技術」2014.9月号
*6 XXIV/B3/ScVC/0005/1997 final THE WELFARE OF INTENSIVELY KEPT PIGS Report of the Scientific Veterinary Committee Adopted 30 September 1997
*7 ワーニンゲン大学博士論文「A tale too long for a tail too short?」2014年 http://edepot.wur.nl/314089
*8「畜産技術」2014.9月号
*9 http://porcinehealthmanagement.biomedcentral.com/articles/10.1186/2055-5660-1-2
*10 EFSA(European Food Safety Authority)「Scientific Opinion concerning a Multifactorial approach on the use of animal and non-animal-based measures to assess the welfare of pigs」2014年
http://www.efsa.europa.eu/de/efsajournal/pub/3702
*11 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32008L0120
*12 code of practice https://www.nfacc.ca/codes-of-practice/pig-code
*13 独立行政法人農畜産業振興機構「畜産情報」2013年9月号 http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2013/sep/wrepo01.htm
*14 「畜産技術」2014.9月号
*15 World of pigs Nov 20, 2019 Iceland follows Norway to increase pig welfare
*16 Sodexo Animal Welfare Performance 2019
*17 https://www.hopeforanimals.org/pig/pigfarms-survey/
*18 Dec 6, 2019 Curly tails, great health and 1kg daily growth
*19 Jul 27, 2020 Delayed weaning better for piglet welfare
*20 EC audit on tail-docking in Germany shows 95% pigs have their tails docked in violation of the EU law 10 September 2018
*21 Apr 19, 2021 Germany will evaluate anti-tail docking policy
その他参考資料
*「Tail Docking in Pigs: A Review on its Short- And Long-Term Consequences and Effectiveness in Preventing Tail Biting」Dipartimento di Scienze Mediche Veterinarie, Università di Bologna, Italy
http://www.aspajournal.it/index.php/ijas/article/view/ijas.2014.3095/2748
*Wageningen UR (University & Research centre).
https://www.wageningenur.nl/en/Dossiers/file/Preventing-tail-biting-in-pigs.htm
*「NEW EU PROJECT AIMS TO REDUCE TAIL BITING AND DOCKING OF TAILS IN PIGS」Aarhus University
http://dca.au.dk/en/current-news/news/show/artikel/new-eu-project-aims-to-reduce-tail-biting-and-docking-of-tails-in-pigs/